2009-08-01から1ヶ月間の記事一覧

やぎぃの日記(58)納涼の夕べ

《お知らせ》8月24日から9月1日まで、カルカッタ体験学習のため留守にします。この間、ブログの更新やコメントへの応答はできません。皆様のご理解とご協力をお願いいたします。 土曜日の晩、教会で夏の恒例行事「納涼の夕べ」があった。 「納涼の夕べ」とい…

フォト・エッセイ(145)中高生会キャンプ2009③

3日目の晩、恒例のキャンプファイアーと花火があった。闇が深まってくるのを待って、キャンプ場の管理人さんの特別サービスで準備された9段組みの大きな薪に火がつけられた。火が燃え上がるにつれて、闇の中に木々や子どもたちの姿が真っ赤に浮かび上がって…

フォト・エッセイ(144)中高生会キャンプ2009②

2日目の朝、3時40分に起床して全員で山に登った。山頂にある神社から日の出を見ようという企画だ。 前日わたしともう1人の男性リーダーで下見に行き、ほぼ1時間でその神社まで着けることがわかった。日の出の時間が今5時15分頃だから、逆算すると4時にキャン…

フォト・エッセイ(143)中高生会キャンプ2009①

中高生会のキャンプで、姫路のそうめん滝キャンプ場に行ってきた。昨年同様3泊4日で、20人ほどの中高生が参加した。 そうめん滝キャンプ場は、砥堀川の渓谷を利用した山の中のキャンプ場だ。砥堀川の上流部には、そうめん滝や岩滝などいくつかの滝があり、そ…

やぎぃの日記(57)再びカルカッタへ

カルカッタへの出発が、いよいよ3日後に迫ってきた。1995年12月に結核を患って帰国して以来、実に14年ぶりのカルカッタだ。 この日が来るのをどれだけ待ったか分からない。この10数年間、この日が来るのを夢に見続けてきた。比喩的な意味ではなく、実際に夢…

余談(8)『神道の逆襲』

先月、伊勢神宮に行ったとき、往復の電車の中でとてもおもしろい本を読んだ。菅野覚明という人が書いた『神道の逆襲』という本だ。神道についてほとんど何も知識がなかったので、何か入門書がないかと思って探しているときに偶然この本と出会ったのだが、ま…

フォト・エッセイ(142)教会学校キャンプ2009②

そんなリーダーや高校生たちの献身的な活躍に支えられて、子どもたちは室内(集会棟)でも大喜びで力いっぱい遊んでいた。たくさんの仲間たちと一緒に遊ぶことさえできれば、室内であろうと室外であろうと、子どもたちにはそれほど関係がないらしい。 子どもた…

フォト・エッセイ(141)教会学校キャンプ2009①

今年も、3泊4日で教会学校のキャンプに行ってきた。キャンプ場は、去年と同じ兎和野高原の野外教育センターだった。兵庫県でも日本海に近い方にある、深い森に囲まれた高原のキャンプ場だ。子どもが70人、食事の準備をするリーダーも含めて、リーダーが40人…

バイブル・エッセイ(97)永遠の命

《お知らせ》8月14日から17日まで、中高生会キャンプのため留守にします。この間、ブログの更新やコメントへの応答はできません。皆様方の御理解と御協力をお願いいたします。 ユダヤ人たちは、イエスが「わたしは天から降って来たパンである」と言われたの…

やぎぃの日記(56)慶野松原

先週の木曜日、淡路島で泳いできた。 2週間前のお休みの日に舞子の海で泳いだとき、目の前に大きな島が見えていた。初めは気にならなかったのだが、泳いでいるうちにだんだん「あの島には一体何があるのだろう」という思いが湧きあがってきた。まるでわたし…

バイブル・エッセイ(96)からし種ほどの信仰

一同が群衆のところへ行くと、ある人がイエスに近寄り、ひざまずいて言った。「主よ、息子を憐れんでください。てんかんでひどく苦しんでいます。度々火の中や水の中に倒れるのです。お弟子たちのところに連れて来ましたが、治すことができませんでした。」…

バイブル・エッセイ(95)カナンの女

《お知らせ》8月9日から12日まで、教会学校キャンプのため教会を留守にします。この間、ブログの更新やコメントへの応答はできなくなります。ご理解とご協力をお願いいたします。 イエスはそこをたち、ティルスとシドンの地方に行かれた。すると、この地に生…

バイブル・エッセイ(94)召命の歩み

このエッセイは、8月4日、聖ヨハネ・マリア・ビアンネの記念日のミサでの説教に基づいています。 それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸へ先に行かせ、その間に群衆を解散させられた。群衆を解散させてから、祈るためにひとり山にお登り…

バイブル・エッセイ(93)分ちあう使命

イエスはこれを聞くと、舟に乗ってそこを去り、ひとり人里離れた所に退かれた。しかし、群衆はそのことを聞き、方々の町から歩いて後を追った。イエスは舟から上がり、大勢の群衆を見て深く憐れみ、その中の病人をいやされた。 夕暮れになったので、弟子たち…

やぎぃの日記(55)舞子の海

今年も、舞子の海で泳いできた。朝からかんかん照りで、庭の木々に止まったセミたちの鳴き声がわたしを海に誘っているように聞こえる日だった。 舞子は須磨より遠いし、海水浴場としてそれほど広くはないのだが、そのぶん人が少ない。近くには明石海峡大橋が…

バイブル・エッセイ(92)命のパン

群衆は、イエスも弟子たちもそこにいないと知ると、自分たちもそれらの小舟に乗り、イエスを捜し求めてカファルナウムに来た。そして、湖の向こう岸でイエスを見つけると、「ラビ、いつ、ここにおいでになったのですか」と言った。 イエスは答えて言われた。…

フォト・エッセイ(140)売布「祈りの森」②

今回の黙想会は、わたしにとって大きなチャレンジだった。叙階されて1年にもならず、イエズス会員としてもまだまだ未熟なわたしが神学生や司祭を相手に召命について語るなんて、誰がどう見てもあまりに大胆な試みだろう。なぜわたしのような者が指導者として…

フォト・エッセイ(139)売布「祈りの森」①

先日、黙想指導のため、2泊3日で売布にある御受難会の黙想の家に行ってきた。売布の黙想の家の話はよく聞いていたが、行ったのは今回が初めてのことだった。今回は、カトリックではなく日本聖公会の召命黙想の指導だった。 初日は、午後に着いて、自己紹介や…

教会報記事「ともに捧げるミサ」

カトリック六甲教会教会報8月号の巻頭言として書いた記事です。 「ともに捧げるミサ」 早いもので、昨年9月に叙階されてから1年になろうとしている。近頃は、ミサで間違うこともだいぶ少なくなってきた。落ち着いて自分自身のミサの立て方を振り返ってみると…

やぎぃの日記(54)芦屋の花火大会

もう1週間前のことになるが、芦屋の花火大会に行ってきた。花火大会のことを聞いたのは当日の午後だったが、聞いた瞬間に「これは行くべきだろう」と思った。日本の夏はやはり花火だし、どれだけ口で「夏だ」と言ってみたところで実際に花火を見るまでは夏が…