2014-05-01から1ヶ月間の記事一覧

祈りの小箱(147)『一人になることによって』

『一人になることによって』 たくさんの人と一緒にいても、「自分は一人ぼっちだ」と感じることがあります。みんなが自分を無視して話しているように思えたとき、自分が入り込めない世界を作っているように思えたときなどです。「この人たちは自分のことしか…

祈りの小箱(146)『いまよりほんの少し』

『いまよりほんの少し』 「みんなで、すばらしい世界を作っていこう」というようなスローガンを耳にすると、わたしたちはつい「でも、わたしにできることなんて限られている」と思ってしまいます。現実の世界を動かす大きな力の前に、自分はまったく無力でな…

フォト・ライブラリー(434)公園のスズメたち〜巣立ちの季節

公園のスズメたち〜巣立ちの季節 公園を歩いていると、今年巣だったばかりの子スズメたちのかわいらしい鳴き声があちこちから聞こえてくるこの季節。今回は、子スズメと、子育て中の親スズメたちの姿を追ってみました。まずは、首をかしげながらこちらを見て…

祈りの小箱(145)『確実に変えられるもの』

『確実に変えられるもの』 いくつもの問題が複雑に絡み合い、解決不可能とさえ思えるほど困難な状況に直面したとき、わたしたちはつい「もうだめだ。どうしようもない」と思ってしまいがちです。ですが、本当に「どうしようもない」のでしょうか。わたしたち…

祈りの小箱(144)『「半分しか」と「半分も」』

『「半分しか」と「半分も」』 コップに半分入った水を見たときに「半分しか」と思うか、それとも「半分も」と思うかによって見方がまったく変わるという話は、よく「ポジティブ・シンキング」のたとえ話として登場します。同じものを見ても、感じ方は人によ…

バイブル・エッセイ(401)『弁護者である聖霊』

「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしの掟を守る。わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。この方は、真理の霊である。世は、この霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入…

フォト・ライブラリー(433)秋吉台サファリランド

秋吉台サファリランド わたしが園長補佐を務めている幼稚園の一つ、小野田小百合幼稚園の遠足で、秋吉台のサファリランドに行ってきました。 バスに乗ったまま園内へ。まず現れたのはゾウたちです。目に鮮やかな新緑の中を、ゆうゆうと闊歩しています。 しば…

祈りの小箱(143)『天国への入り口』

『天国への入り口』 埼玉の農家に生まれたわたしは、子どものころ、テレビに出てくる東京の洗練された、文化的な生活にあこがれていました。地下足袋と作業ズボンで歩いている父親や本棚がない家を恥じ、東京の暮らしの方が幸せに違いないと思い込んでいたの…

【フランシスコ教皇の言葉】

フランシスコ教皇の言葉 ■説教・メッセージから■ 5月17日(土)苦しみの使徒会のメンバーとの謁見 「痛みや苦しみを生きるために、よいやり方と悪いやり方があります。悪いやり方は、痛みを消極的に受け止め、無気力やあきらめに陥ることです。反発したり、拒…

祈りの小箱(142)『「違い」と「間違い」』

『「違い」と「間違い」』 同じ仕事をしていても、新しい環境の中で働き始めると、これまでと違うやり方に出会って戸惑うことがたびたびあります。これまで自分が馴染んできたやり方とあまりに違う場合には、「本当にこれでいいのだろうか」という疑いさえ生…

祈りの小箱(141)『真の謙遜』

『真の謙遜』 「わたしは何でもできる」と言う人がいれば、「この人は何か勘違いしている」とほとんどの人が思うでしょう。たとえどれほどお金や権力があっても、何でもできる人間などいるはずがないからです。ですが、「わたしは何もできませんから」という…

バイブル・エッセイ(400)『自分を乗り越えてゆく道』

自分を乗り越えてゆく道 そのとき、イエスは弟子たちに言われた。「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。行っ…

バイブル・エッセイ(399)マリア祭説教『「ありがとう」は魔法の言葉』

『「ありがとう」は魔法の言葉』〜幼稚園のマリア祭にて 「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださったからです。今から後、いつの世の人もわたしを幸いな者と言うでしょう…

【宇部カトリック教会の紹介ハガキ】

宇部カトリック教会の紹介ハガキ この教会の魅力を知っていただくために、ハガキを作ってみました。1935年の発足以来、79年にわたって宇部の地で「神の国」の福音を伝え続けている宇部カトリック教会。みなさん、ぜひ一度お訪ね下さい。 ★このカードは、こち…

【フランシスコ教皇の言葉】

フランシスコ教皇の言葉 ■説教・メッセージから■ 5月10日(土)奉献生活者の集い 「話す前に、相手が言うことだけでなく、相手が心の中で言いたいと思っていることによく耳を傾けなさい。」 「貧しい人々の中で貧しく暮らしなさい。ですが、燃える心を失っては…

祈りの小箱(140)『間違いと決めつける前に』

『間違いと決めつける前に』 自分のやり方と違うやり方をする相手と出会ったとき、わたしたちはつい「あの人は間違っている」と決めつけてしまいがちです。自分がこれまでやってきたやり方が一番正しいと思い込み、それと違うやり方をする人は間違っていると…

祈りの小箱(139)『「ありがとう」と言える幸せ』

『「ありがとう」と言える幸せ』 お金や地位、名誉などをどれほど手に入れても、それだけでは幸せになれないと実感させられることがときどきあります。世間的に見れば何不自由ない、それどころかうらやましがられるほどの生活をしている人が、さまざまなこと…

バイブル・エッセイ(398)『羊飼いの声を聞き分ける』

『羊飼いの声を聞き分ける』 「はっきり言っておく。羊の囲いに入るのに、門を通らないでほかの所を乗り越えて来る者は、盗人であり、強盗である。門から入る者が羊飼いである。門番は羊飼いには門を開き、羊はその声を聞き分ける。羊飼いは自分の羊の名を呼…

祈りの小箱(138)『仕事が忙しいときには』

『仕事が忙しいときには』 仕事が忙しくて休む暇もないとき、わたしたちはつい「どうしてわたしばかりこんなに忙しいんだ」「なぜこんなに働かなければならないんだ」と考えてしまいがちです。目先の仕事で頭がいっぱいになって、仕事の本当の目的を忘れてし…

【フランシスコ教皇の言葉】

フランシスコ教皇の言葉 ■説教、メッセージから■ 4月30日一般謁見 「聖霊を心に迎え入れるとき、すべてのものが新たな光に照らし出され、神の愛について語り始めます。」 5月4日ヨハネ・パウロ2世への感謝ミサ 「私たちは巡礼者であって、放浪者ではありませ…

フォト・ライブラリー(432)高千帆カトリック教会と北若山カトリック教会

高千帆カトリック教会と北若山カトリック教会 今回はわたしが担当している宇部・小野田ブロック3教会のうち、山陽小野田市にある2つの教会をご紹介したいと思います。まずは、高千帆カトリック教会から。 高千帆カトリック教会は、壁面のあちこちにはめ込ま…

祈りの小箱(137)『嘆きの声を上げる前に』

『嘆きの声を上げる前に』 「誰も私を大切にしてくれない。」「誰も私の話を聞いてくれない。」仕事に追われて体が疲れきってているとき、1人で大きな試練に直面しているときなど、わたしたちはついそんな風に考えてしまいがちです。追いつめられているとき…

フォト・ライブラリー(431)宇部市ときわ公園〜湖畔の花と鳥たち

宇部市ときわ公園〜湖畔の花と鳥たち 43歳の誕生日だった今日、運転の練習を兼ねて午後からときわ公園まで行ってきました。まずは、ドウカンソウの群落と湖水の写真から。 さわやかな風に揺れる矢車草の花の蜜を、モンシロチョウがおいしそうに吸っていまし…

祈りの小箱(136)『動き出すのを待ちましょう』

『動き出すのを待ちましょう』 先日、いくつかの仕事を同時にしようとしていたらパソコンが急に止まってしまいました。どんなにキーを叩いても何の反応もありませんでしたが、「問題を修復しています」というような表示が出ていたので、それを信じて辛抱強く…

バイブル・エッセイ(397)『イエスだと分かる』

『イエスだと分かる』 一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入…

フォト・ライブラリー(431)乙女峠祭り2014

乙女峠祭り2014 教会の信者さんたちと一緒に、津和野で行われた乙女峠祭りに行ってきました。明治初期の「浦上四番崩れ」と呼ばれる大迫害によって津和野に流され、乙女峠で殉教した信徒たちを記念するお祭りです。 お祭りの前に、聖堂の中で祈る信者さんた…

フォト・ライブラリー(430)宇部市ときわ公園〜初夏の花とスズメたち

ときわ公園〜初夏の花とスズメたち 車の練習を兼ねて、山口県を代表する総合公園、ときわ公園まで行ってきました。園内ではツツジが満開。爽やかな5月の風の中で、鯉のぼりも気持ちよさそうに泳いでいました。 宇部は、かつての炭鉱の町。入口の近くに、暗い…