2025-01-01から1年間の記事一覧

バイブル・エッセイ(1236)心に納めて思い巡らす

心に納めて思い巡らす そのとき、羊飼いたちは急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。その光景を見て、彼らは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に…

こころの道しるべ(301)信頼できる自分

信頼できる自分 誰も見ていないところでするよい行動は、自分自身への信頼感を高めてくれます。自分自身を信頼できる、それ以上に大切なことがあるでしょうか。どんなときにも、自分を裏切らない自分、自分が好きになれる自分でいられますように。 『悲しみ…

バイブル・エッセイ(1235)すべてを捨てるほどの愛

すべてを捨てるほどの愛 占星術の学者たちが帰って行くと、主の天使が夢でヨセフに現れて言った。「起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている。」ヨセ…

バイブル・エッセイ(1234)人間として生まれた神

人間として生まれた神 そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。ヨセフもダビデ…

こころの道しるべ(300)愛が生まれる日

愛が生まれる日 子どもや恋人、大切な人の喜ぶ顔を見たい。そう願ってプレゼントを準備するわたしたちの心の中に、イエス・キリストがおられます。イエス・キリストとは、誰の心の中にもある愛のこと。わたしたちの心に愛が生まれる日。それがクリスマスなの…

バイブル・エッセイ(1233)救いとは何か?

救いとは何か? イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひ…

こころの道しるべ(299)幸運と不運

幸運と不運 幸運と思ったことが、思いがけない不運を呼び、不運と思ったことが、思いがけない幸運につながる。人生は、そんなことの繰り返し。幸運と思っても傲慢にならず、不運と思ってもあきらめず、幸運も不運も同じように楽しむことが出来ますように。 …

バイブル・エッセイ(1232)信じて待つ喜び

信じて待つ喜び そのとき、ヨハネは牢の中で、キリストのなさったことを聞いた。そこで、自分の弟子たちを送って、尋ねさせた。「来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、ほかの方を待たなければなりませんか。」イエスはお答えになった。「行って、見聞…

こころの道しるべ(298)あなたには力がある

あなたには力がある 「生きていても、みんなに迷惑をかけるだけ」と、自分を責める必要はありません。誰にも迷惑をかけずに生きられる人などいないし、謙虚な心で懸命に生きようとするあなたの姿には、人々の心に愛や希望を呼び起こす力があるのです。 『悲…

バイブル・エッセイ(1231)良心の糾明

良心の糾明 そのころ、洗礼者ヨハネが現れて、ユダヤの荒れ野で宣べ伝え、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言った。これは預言者イザヤによってこう言われている人である。「荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。』」ヨ…

12月、山口市はクリスマス市になる 2025

12月、山口市はクリスマス市になる 12月1日に山口市市民会館で行われた、「クリスマス市」のオープニングセレモニーでのあいさつの原稿をお届けします。記録が残っている日本で最初のクリマスは、1552年、ザビエルの後継者であるコスメ・デ・トレス神父らに…

こころの道しるべ(297)与えた喜び

与えた喜び 何かを手に入れた喜びは、手に入れたものを失えば消えてしまうでしょう。ですが、何かを与えた喜びは、愛の喜びとして心に深く刻まれ、いつまでも消えません。思い出すたびに心を喜びで満たし、生きる力を与えてくれる、人生の宝物になるのです。…

バイブル・エッセイ(1230)目を覚ましている

目を覚ましている そのとき、イエスは弟子たちに言われた。「人の子が来るのは、ノアの時と同じだからである。洪水になる前は、ノアが箱舟に入るその日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていた。そして、洪水が襲って来て一人残らずさらう…

こころの道しるべ(296)本当の自由

本当の自由 相手が不機嫌な顔をしているからといって、こちらも無愛想な態度をとるなら、それは自分の行動を相手に左右されるということ。どんな相手にも、心からにっこりほほ笑みかける。誰に対しても自分のやり方を貫く。それが本当の自由です。 『悲しみ…

バイブル・エッセイ(1229)民と共に苦しむ王

民と共に苦しむ王 そのとき、議員たちはイエスをあざ笑って言った。「他人を救ったのだ。もし神からのメシアで、選ばれた者なら、自分を救うがよい。」兵士たちもイエスに近寄り、酸いぶどう酒を突きつけながら侮辱して、言った。「お前がユダヤ人の王なら、…

こころの道しるべ(295)十分に立派

十分に立派 自分には価値がないと思う人がいるかもしれませんが、苦しみながらも、毎日を精いっぱい生きようとしている。それだけで、あなたはもう十分に立派。何かを成し遂げなくても、精いっぱい生きているあなたの人生には、もう十分に価値があるのです。…

バイブル・エッセイ(1228)本当の土台

本当の土台 ある人たちが、神殿が見事な石と奉納物で飾られていることを話していると、イエスは言われた。「あなたがたはこれらの物に見とれているが、一つの石も崩されずに他の石の上に残ることのない日が来る。」そこで、彼らはイエスに尋ねた。「先生、で…

こころの道しるべ(294)人生で一回だけ

人生で一回だけ 別れはいつやってくるか分かりません。一つ一つの会話を、まるでその人と交わす初めての会話であるかのように、最後の会話であるかのように、人生で一回だけの特別な会話であるかのように、大切にすることができますように。 『悲しみの向こ…

こころの道しるべ(293)大切な宝物

大切な宝物 「もっと長く生きたかった」「もっと長く一緒にいたかった」という思いにはきりがありません。たとえ短い時間でも、生きられたこと、その人と一緒にいられたことに感謝するなら、その時間はわたしたちにとって大切な宝物になるでしょう。 『悲し…

バイブル・エッセイ(1227)喜びの水

喜びの水 ユダヤ人の過越祭が近づいたので、イエスはエルサレムへ上って行かれた。そして、神殿の境内で牛や羊や鳩を売っている者たちと、座って両替をしている者たちを御覧になった。イエスは縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をま…

こころの道しるべ(292)天国は心の中に

天国は心の中に 誰かがこの世を去っても、その人がわたしたちに注いでくれた愛は、わたしたちの心の中で生き続けます。この世を去った人が生きている場所が天国なら、天国は、会いに行けないほど遠い場所ではありません。天国は、わたしたちの心の中にもある…

バイブル・エッセイ(1226)愛の河

愛の河 「父がわたしにお与えになる人は皆、わたしのところに来る。わたしのもとに来る人を、わたしは決して追い出さない。わたしが天から降って来たのは、自分の意志を行うためではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行うためである。わたしをお遣わ…

バイブル・エッセイ(1225)愛された罪人

愛された罪人 自分は正しい人間だとうぬぼれて、他人を見下している人々に対しても、イエスは次のたとえを話された。「二人の人が祈るために神殿に上った。一人はファリサイ派の人で、もう一人は徴税人だった。ファリサイ派の人は立って、心の中でこのように…

こころの道しるべ(291)顔つき

顔つき 顔立ちは変えられなくても、顔つきを変えることはできます。家族や友人、苦しむ人々のために自分をささげる人の顔には気品が漂い、何事にも感謝して生きる人の顔には穏やかさが宿り、誰かを愛する人の顔からはやさしさがあふれ出すのです。 『悲しみ…

バイブル・エッセイ(1224)神さまとの関わりの中で

神さまとの関わりの中で イエスは、気を落とさずに絶えず祈らなければならないことを教えるために、弟子たちにたとえを話された。「ある町に、神を畏れず人を人とも思わない裁判官がいた。ところが、その町に一人のやもめがいて、裁判官のところに来ては、『…

こころの道しるべ(290)ささげた時間

ささげた時間 愛する誰かのためにささげた時間には、どんな場合でも意味があります。たとえ自分の人生がまったく無意味だったように思えても、誰かを真剣に愛し、その人のためにささげた時間があったなら、あなたの人生には確かに意味があったのです。 『悲…

バイブル・エッセイ(1223)いつまでも感謝する

いつまでも感謝する イエスはエルサレムへ上る途中、サマリアとガリラヤの間を通られた。ある村に入ると、重い皮膚病を患っている十人の人が出迎え、遠くの方に立ち止まったまま、声を張り上げて、「イエスさま、先生、どうか、わたしたちを憐れんでください…

こころの道しるべ(289)十分に幸せ

十分に幸せ 幸せのハードルを、つい高くしすぎてしまうわたしたち。たとえ何もできなくても、人から評価されなくても、こうして生きているというだけで十分に幸せ。生きてさえいれば、あとのことはどうにでもなる。そのことを忘れずにいられますように。 『…

バイブル・エッセイ(1222)信仰の原点

信仰の原点 使徒たちが、「わたしどもの信仰を増してください」と言ったとき、主は言われた。「もしあなたがたにからし種一粒ほどの信仰があれば、この桑の木に、『抜け出して海に根を下ろせ』と言っても、言うことを聞くであろう。あなたがたのうちだれかに…

こころの道しるべ(288)塗り替える力

塗り替える力 どんな試練も、誰かと一緒に乗り越えるなら、幸せな思い出に変わります。愛には、不幸さえ幸せに塗り替える力があるのです。一人ぼっちで苦しまず、誰かに助けを求められますように。苦しんでいる誰かに、助けの手を差し伸べられますように。 …