バイブル・エッセイ(56) お告げの祭日

 このエッセイは、3月25日「お告げの祭日」に援助マリア会六甲修道院で行ったミサでの説教に基づいています。

 六か月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。ダビデ家のヨセフという人のいいなずけであるおとめのところに遣わされたのである。そのおとめの名はマリアといった。天使は、彼女のところに来て言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」
マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。すると、天使は言った。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」
マリアは天使に言った。「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」天使は答えた。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。神にできないことは何一つない。」
マリアは言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」そこで、天使は去って行った。(ルカ1:26-38)

 何一つできないことがない全能の神が、人類の救いを完成するために1人の少女の助けを必要とした。ここに救いの業の神秘があると思います。神は、この地上に救いの業を行うために人間の助けを必要とする方なのです。
 それは、ある意味で当然のことかもしれません。神の世界と地上の世界は、あまりにもかけ離れているからです。両者は、本来なんの接点ももたないほどにかけ離れたものなので、神はこの地上に直接ご自身の力を現わすことができないのです。しかし、神は地上世界と愛の交わりを結びたい一心で人間を創造されました。
 人間は、心の奥深いところで「神の国」と結びついた存在です。人間は、神の世界と地上の世界の接点となるべく創造された被造物なのです。神の世界と地上の世界は、人間の心を接点として結びついているのです。神はわたしたちの心の奥深くから呼びかけておられます。わたしたちがその呼び声に応えて行動するときにだけ、神はこの地上に「神の国」を実現していくことができるのです。
 人類を愛するために、この地上に「神の国」を実現するために、神はわたしたち一人ひとりの自由な応答を求めておられます。マリアは、天使の呼びかけに謙虚な態度で耳を傾け、「お言葉どおり、この身になりますように」と答えました。わたしたちもマリアに見習い、「神の国」と地上の世界の接点として神にすべてを捧げていきたいものです。
※写真の解説…満開のハクモクレン新神戸駅周辺にて。