フォト・エッセイ(113) 仰木の棚田③


 棚田桜の木陰でしばらくのんびりした後、棚田の間のあぜ道を下って今度は向かい側の丘にある墓地を目指した。たまたま迷い込んだ写真家の今森氏が、そこからの棚田の風景を見て呆然と立ちつくしたという場所だ。わたしも棚田の美しさに見とれ、あちこちで立ち止まりながら30分ほどかけてそこまでたどりついた。
 墓地から見ると、棚田のある丘陵が背後の山の峰へとつながっていくのがはっきり分かる。満々と水を湛えた棚田と、真っ青な空を背景に広がる山並のコントラストが美しい。棚田から吹き上げてくるさわやかな風の中で、また大きく深呼吸した。体の隅々にまで清らかな空気が流れ込み、体の底にたまった疲労やストレスを吹き飛ばしてくれるようだった。
 わたしの故郷の上尾にも、たくさんの田んぼがあった。上尾の地名は、稲穂が上を向いている様子を表現する「あげほ」という言葉が転じたものだとさえ言われている。小学生の頃は、毎日田んぼのあぜ道を通って学校に通っていた。水路にいるタニシやドジョウ、ザリガニなどを捕まえたり、トンボやイナゴを追いかけてよく道草をくったものだ。4年生になるころ半分くらいが埋め立てられ宅地になってしまった。あの田んぼは、まだ残っているのだろうか。
 仰木の棚田も、農業の後継者がいないためおそらく数十年後には消えてしまうだろうと言われている。効率を最優先し、人間の力で自然を支配しようとする農業ばかりが残るのはとても残念なことだ。棚田の農業は、自分の小ささを認め、神様から与えられる恵みに感謝して謙虚に生きる人間の生き方と密接に結び付いているような気がする。







※1枚目、扇ヶ谷の棚田。2枚目、アオガエル。3枚目、棚田桜から見た琵琶湖方面の眺め。4枚目、琵琶湖までつながっていく辻が下の棚田。