このエッセイは、5月30日に六甲教会で行われたマリア祭のミサでの説教に基づいています。

マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。そして、ザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶した。マリアの挨拶をエリサベトが聞いたとき、その胎内の子がおどった。
エリサベトは聖霊に満たされて、声高らかに言った。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」
そこで、マリアは言った。
「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださったからです。
今から後、いつの世の人もわたしを幸いな者と言うでしょう、力ある方が、わたしに偉大なことをなさいましたから。
その御名は尊く、その憐れみは代々に限りなく、主を畏れる者に及びます。主はその腕で力を振るい、思い上がる者を打ち散らし、権力ある者をその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます。その僕イスラエルを受け入れて、憐れみをお忘れになりません、わたしたちの先祖におっしゃったとおり、アブラハムとその子孫に対してとこしえに。」
マリアは、三か月ほどエリサベトのところに滞在してから、自分の家に帰った。
イエスを受胎して間もなく、マリアは遠くユダ地方に住む親戚のエリサベトを訪ねました。妊娠初期の女性が数百キロの距離を旅行するということは、当時の移動手段を考えればとても危険なことだったと思います。なぜ、マリアはそんな危険を冒してまでエリサベトを訪ねなければならなかったのでしょう。
それは、人類の救い主を胎に宿した喜び、神様の最終的な救いの業が自分を通してついにこの地上に始まったという喜びを、誰かと分かち合わずにいられなかったからだと思います。その喜びは、1人の胸にしまっておくにはあまりにも大きな喜びだったのです。
マリアを通して救い主キリストが生まれたということは、現代に生きるわたしたちキリスト教徒の間では当然のことです。ですが、当時そのことを知っている人、理解できる人はマリアとエリサベトしかいませんでした。イエス・キリストによる救いの業を知り、信じている人、すなわちキリスト教徒は、全世界にマリアとエリサベトの2人きりしかいなかったのです。だからこそ、マリアはあえて危険を冒してでもエリサベトに会いに行ったのだと思います。
神の業に身を委ね、恵みに満たされたこの2人が出会ったとき、2人の喜びは高らかな歌声となって地上に響き渡りました。それが、エリサベトの賛歌であり、マリアの賛歌なのです。この賛歌は、教会の最初の賛歌としていつまでも繰り返し歌い続けられるでしょう。イエスを救い主と信じる人々の集いであるミサは、この2人のキリスト教徒の喜びの延長線上にあります。ミサの中で、わたしたちもこの喜びの歌声に心を合わせたいものです。
※写真の解説…「夢想」という品種のバラ。荒牧バラ園にて。