カルカッタ報告(46)8月27日インド博物館③


 そんなヒンドゥー教は、マザー・テレサさえも自分の一部として飲み込もうとしている。
 ヒンドゥー教には、1つの神がいろいろな形でこの世界に姿を現すという「化身」(アバター)の思想がある。例えば『ラーマーヤナ』の英雄ラーマと、『マハバーラタ』の英雄クリシュナは、ともにヒンドゥーの最高三神の一角であるビシュヌの化身だとされている。仏教がヒンドゥー教に容易に取り込まれてしまったのも、ゴータマ・シッダールタがビシュヌの化身とされたからだと言われている。
 14年前に、わたしはマザー・テレサがカーリー女神の化身としてヒンドゥー教とたちから崇拝されているという噂を聞いた。最初はまさかと思って聞き流していたが、その年の10月にある光景を目撃して以来まんざら嘘でもないらしいと思っている。その光景というのは、次のようなものだ。
 毎年、10月にはカルカッタ全域でヒンドゥー教の大きな祭りがおこなわれる。ビシュヌ、ブラフマと並ぶヒンドゥー教最高神シヴァの妻で、戦いの女神として知られるドゥルガーを祭るドゥルガー・プージャだ。この祭りのあいだ、カルカッタの街中に竹の枠組みと布で作られたたくさんの有名建築物が現れる。タージマハルや、ヒンドゥーの寺院はもちろん、凱旋門やロンドン塔までが突如として街中に現れるのだ。なぜそんなものを作るのかよくわからないが、何しろ街を非現実の世界にしてしまおうということだろう。数年前には、ハリー・ポッターに出てくるお城を再現しようとして原作者のローリング氏から訴えられるという事件さえあった。
 そんな非日常化された街の中を、無数の神々の像が車の荷台に乗せられて巡回していく。建物と同じく、やはり竹の枠組みと紙で作られた張りぼての神像だ。昼間は張りぼてにしか見えないのだが、夜にそれらの建物や像がライトアップされると、まるで街全体が神々の住む世界と一つになったかのような神秘的な印象を受ける。1ヶ月のあいだ、カルカッタの人々は神々の世界に住むことになるのだ。
 ある晩、神々の像を乗せた車が次々と道を通り過ぎていくのを見ていたときに、わたしは思いがけない光景に直面した。なんと、マザー・テレサの像を荷台に乗せた車が走っていたのだ。神しか乗せないはずの荷台に乗っているということは、彼らにとってマザーは神として受け入れられているということだろう。カーリー女神の化身なのかどうかは分からないが、マザーはヒンドゥー教の神、ないし聖者になろうとしているのだ。その光景を見たとき、わたしはヒンドゥー教のバイタリティーに圧倒される思いがした。
※写真の解説…ヒンドゥー教の神像。