カルカッタ報告(58)8月28日道端の風景

8月28日(金)道端の風景

 朝5時半頃マザー・ハウスに行こうと思ってホテルを出ると、玄関のすぐわきで親子連れが寝ていた。母親らしい女性と、3人の子どもたちだった。一番小さな子どもは、まだ1歳にもならないくらいの赤ん坊だ。せめて顔だけでも隠すためだろう、枕元に雨傘が1つ広げられていた。辺りを見回すと、10mほど離れてもう1組の親子連れが寝ていた。やはり母親と子どもだった。
 わたしはどうしていいか分からなくなった。わたしたちが快適なベッドで寝ていたとき、壁1枚を隔てた外では彼らが歩道の冷たいコンクリートの上に一晩身を横たえていたのだ。わたしは彼らのために何かすべきではないだろうか、だが一体何ができるのだろうか。お金を置いて行くのも変だし、声をかけて起こしても何もできない。まして、彼らのために寝る場所を与えることなどできそうにない。
 しばらく考えたが、何もできないという結論しかでてこなかった。ただ「愛の反対は憎しみではなく無関心です」というマザーの言葉を思い出し、赤ん坊の顔をしっかり脳裏に刻むことにした。今日はミサの中でこの家族のために祈ることにしよう、それがわたしにできるせめてものことだと自分に言い聞かせて、わたしはその場を立ち去った。
 一体、あの親子はこれからどうやって生活していくのだろうか。父親はどこに行ってしまったのだろう。路上で赤ん坊を育てることができるのだろうか。そんなことを考えながら道を歩いていった。ホテルの隣の電気屋さんの前の路上で、男性が2人寝ているのを見かけた。リボン・ストリートでは、早起きの人力車引きたちが人力車に腰かけて話しをしていた。彼らは昨晩、どこで寝たのだろう。
 マザー・ハウスの隣の商店の前でも何人か寝ていた。みな1人身の男性たちだった。どうも、道端で寝ている人の数が昔より増えたような気がする。カルカッタの人口が増加する中で、貧しい人たちの数も増えているのかもしれない。一部の人たちがIT技術などによってチャンスを掴み、裕福になっていく一方で、そのようなチャンスをつかめない人たちは貧しいままに取り残されている、どうやらそれがカルカッタの現状のようだ。 
※写真の解説…ホテルの軒先で寝ていた親子。