カルカッタ報告(60)8月28日Br.ジェフ①


 ミサ後の祈りが終わって香部屋に戻ると、主司式の神父さんがテーブルをはさんで誰かもう1人と話していた。わたしが入っていくとその人が振り返ってわたしの方を見た。なんと、M.C. ブラザーズの総長、Br.ジェフだった。
 Br. ジェフは昔懐かしい知人の1人だ。当時Br.ジェフは、Br.アンドリューの跡を継ぐ第2代目の総長として全世界で働く300人あまりのブラザーたちを指導していた。カルカッタにいたあいだ何回も新ハウラー橋の近く、マンサタラと呼ばれる地域にある彼らの家を訪ねたことがあるし、東京でも何回か会ったことがある。カルカッタと日本を行き来していたころ、わたしは日本にいるあいだ毎週必ず東京の山谷にある彼らの家を訪ねて、ホームレスの方々のためのカレーの炊き出しを手伝わせてもらっていたからだ。イエズス会に入会するまで、山谷のM.C.には3年近く通ったと思う。
 当時、Br.ジェフはまだ40代だった。あの若々しいBr.ジェフが白髪交じりの初老の紳士になっていたのには少し驚いたが、当時の面影はまだはっきりと残っていた。Br.ジェフの方は最初、わたしが誰だか分からない様子だった。だが、カメラを持ってマザーの写真をいつも撮っていたボランティアということで思い出してくれたらしい。今回ここに来るまでのいきさつを話すと、満面の笑みを浮かべて喜んでくれた。
 一昨日、「死を待つ人の家」のブラザーから今、Br.ジェフがカルカッタにいるという話を聞いてぜひ会いに行きたいと思っていた矢先のことだった。Br.ジェフはあのあと総長を退任したのだが、数年前にもう1度総長に選ばれてしまい、まだ総長をしているとのことだった。当時300人だったブラザーの数は、今400人にまで増えたそうだ。シンガポールやマニラ、パリなどでもM.C.ブラザーズの家を訪ねたことがあるが、彼らは世界中でホームレスの男性たちのためのシェルターや知的障害を負った成人男性のための施設などを運営し、シスターたちにはできない分野でとてもよい働きをしている。
 Br.ジェフと感動の再会を果たした後、その様子を見ていた主司式の神父さんに挨拶した。サージ神父という、ドミニコ会の神父さんだった。ドミニコ会員らしい学者さんで、15年間ローマやアメリカで教えた後、今はカルカッタの神学校で教授をしているとのことだった。アメリカでは、イエズス会の神学院でも教えていたそうだ。わたしたちは3人で朝食を食べ始めた。  
※写真の解説…Br.ジェフ。マンサタラにて、1995年撮影。