マザー・テレサに学ぶキリスト教(23)「ゆるしの秘跡」と「病者の塗油」

第23回「ゆるしの秘跡」と「病者の塗油」
 今回は、「ゆるしの秘跡」と「病者の塗油の秘跡」についてお話したいと思います。罪に染まった心を癒す「ゆるしの秘跡」と、罪だけでなく病からの癒しももたらす「病者の塗油の秘跡」は、ともに「いやしの秘跡」と呼ばれています。
Ⅰ.ゆるしの秘跡
1.罪とは何か?
 ゆるしの秘跡は罪からのゆるしをもたらすものですが、ではそもそも罪とはなんなのでしょうか。罪からゆるされるとはどういうことなのでしょう。
(1)罪の定義
 現代の神学において、罪とは神様との関係性の破壊であると考えられています。神様と一つに結ばれていることこそが人間の救いであり、人間が救われることこそ神様の御旨なのですが、人間は自分中心の考え方に陥って神様との関係を自ら壊してしまうことがあります。それが罪なのです。
 自分自身を汚すような行為や自分で自分を信頼できなくなるような行為をするとき、他人を傷つけたり無視したりするとき、社会に対して害を与えるような行動をとるとき、わたしたちは自分自身、他者、そして社会との関係を破壊すると同時に、神様との関係を破壊します。なぜなら、神様の御旨は、わたしたちが自分自身を愛し、また他者を愛し、創造の秩序に従った社会を実現していくことだからです。
(2)ゆるしの定義
 その逆に、ゆるしとは神様との関係性が回復される恵みです。ゆるしの秘跡を受けることで、壊れていた自分自身や他者、そして社会との関係を回復するために必要な力がわたしたちに与えられ、神様との関係を修復することが可能になります。自分自身を愛するとき、他者を愛するとき、社会に神様の愛を実現するとき、わたしたちは破壊された自分と自分自身、自分と他者、そして自分と社会との関係を回復します。それと同時に、壊れていた神様との関係を再び取り戻す恵みにもあずかるのです。
(3)大罪と小罪
 大罪は、ゆるしの秘跡を受けなければゆるされません。では、大罪と小罪の違いはなんでしょうか。大罪とは神様との関係性を決定的に破壊するような行動であり、小罪とはそこまでには至らないけれども神様に対して申し訳ないと思うような行動だと考えたらどうかと思います。「こんなことをしてしまった以上、もはや神様に合わせる顔がない。きちんとお詫びしてゆるしていただかなければ」という思いを引き起こすような行為が大罪で、そこまでは至らないけれども申し訳ないと感じるような行為は小罪だと思ったらいいのではないでしょうか。
(4)原罪との関係
 洗礼によって原罪はなくなりますが、わたしたちの心には原罪の影響としての情欲が残り、わたしたちを罪へと誘います。情欲に負けて犯す罪を、自分がした罪という意味で自罪と呼びます。自罪はゆるしの秘跡や病者の塗油、聖体拝領(小罪のみ)などによってゆるされます。
2.なぜゆるせるのか?
 司祭はなぜ罪のゆるしを宣言することができるのでしょうか。人間が人間をゆるすのだとしたら、それは不遜なことではないでしょうか。
(1)すべてのゆるしはイエスに由来する
 司祭は「神が教会の奉仕の務めを通してあなたにゆるしと平和を与えてくださいますように」という言葉と共にゆるしを宣言します。この言葉からも分かる通り、ゆるしの秘跡は人間が人間をゆるす行為ではなく、神様が人間をゆるす行為だと考えられます。イエス・キリストが受難と復活によって人類と神との関係を完全に回復してくださったからこそ、イエスから権能を受けた司祭は罪のゆるしを宣言することができるのです。ゆるしの秘跡は、イエスがわたしたちと神様との関係を回復してくださったという恵みの、目に見える確実なしるしだと言えます。
(2)弟子たちもゆるされた
 ヨハネ福音書の20章にはイエスの直弟子たちが、使徒言行録9章にはパウロが、それぞれ大罪をゆるされる場面が描かれています。直弟子たちは、殺されそうになっているイエスを見捨てて逃げたわけですから、これほどひどい神様との関係性の破壊は他に考えられないでしょう。パウロにしても、キリスト教徒たちを迫害することによってイエスとの関係性を完全に破壊しています。
 しかし、イエスは直弟子たちに「あなたがたに平和があるように」と語りかけ、またパウロの目を開くことによって、彼らの罪を快くゆるしました。復活したイエスは、神様と罪深い人間のあいだの関係が完全に回復されたことを、そのような行動ではっきりと示したのです。このイエスに倣って人々に罪のゆるしを宣言することを、教会は自分たちの使命と考えるようになっていったのでしょう。
3.歴史的発展
 教会のゆるしの使命は、時代によって違う形で実行されました。
(1)公の償いの制度
 キリスト教に対して厳しい迫害があった頃には、迫害に負けてキリスト教を捨てる人がたくさんいました。その人たちの中で、あとで後悔して教会に戻りたいと望む人たちのために、初代教会では公に罪の償いをする制度を設けていました。信者たちの前で公に罪を告白し、一定期間の償いをすることによって、教会に戻ることが認められたのです。
キリスト教が公認されたあと、この制度は教会内の規律を守るための制度として発展し、より厳格なものになっていきました。公の償いのチャンスは、一生のうちに1度だけしか与えられないという習慣さえあったようです。
(2)タリフの制度
 6世紀頃、アイルランド修道院で現在のゆるしの秘跡の原型になる制度が生まれました。修道者が修道院長に罪を告白し、償いをすることで、院長を通して罪をゆるされるという制度です。この制度は、どの罪にはどんな償いということを書いた「悔悛書」というものがあったことから、タリフ(割札の意味)の制度と呼ばれます。
(3)ゆるしの新しい形式
 タリフの制度は、12世紀以降、司祭が信者にゆるしを宣言する制度として全ヨーロッパに広まっていきました。この制度には、個人的なきめ細やかな指導ができるという利点があると同時に、律法主義や個人主義、償いの取引などを生むという弊害もありました。
3.現代における実践
(1)どうやって受けるのか
 六甲教会では、主日のミサの前に告解室でゆるしの秘跡を受けることができます。だいたいミサの15分前には告解室に誰か司祭がいることになっています。そのような制度がない教会では、司祭に個人的に依頼することでゆるしの秘跡を受けられます。
 最近では、告解室ではなく、司祭の部屋などで司祭と対面しながらゆるしの秘跡を行うことも多くなっています。その場合には、罪の告白だけでなくカウンセリング的な要素も入ってきます。
(2)ゆるしの秘跡を受ける義務
 ゆるしの秘跡は、聖体拝領と同じで、信者にとって恵みであると同時に義務でもあります。年に一度ゆるしの秘跡を受けることは、教会法上信者の義務なのです。信者が神様から離れたままにならないようにとの配慮から、このような義務が生まれたのでしょう。
(3)「共同回心式」による共同体性の回復
  個人的に行われるゆるしの秘跡では共同体に対して罪を犯したという事実が見えにくくなる場合があります。家族の誰かが罪を犯せば、その罪は家族全体を苦しめることになりますが、それと同じでわたしたちは罪を犯すとき教会共同体全体に迷惑をかけているのです。ですから、罪のゆるしを願うときには、共同体に対してもゆるしを求める気持ちがなければなりません。
 また、司祭と個人的に面接して行うゆるしの秘跡には、ゆるしの共同体性を見えにくくするという短所があります。わたしたちは、司祭個人からゆるしを宣言されるのではなく、教会共同体のための役務者としての司祭からゆるしを宣言されるのですが、そのことが見えにくくなるのです。
 個人的なゆるしの秘跡が持つこれらの弱点を補強するために、教会では近年、共同回心式が行われるようになりました。共同回心式においても個別告解、個別のゆるしが原則ですが、共に集まって回心を祈ることで共同体を通して神にお詫びし、共同体を通して神からゆるされるということがより明確になると思われます。
Ⅱ.病者の塗油
1.聖書的由来と発展
(1)聖書的由来
 病者の塗油の秘跡は、マルコ福音書6章の「油を塗って多くの病人を癒した」という言葉や、ヤコブ書5章の「オリーブの油を塗り、祈ってもらいなさい」という言葉に由来しています。ヤコブ書からは、癒しのために共同体が共に祈り合うことの大切さが分かります。
(2)発展
 このような形での病者に対する塗油の習慣は、死ぬ間際の人に食事を与えるというローマの文化から影響を受けた臨終の聖体拝領の儀式と結びつき、しだいに死ぬ間際の病人に対して司祭から1回だけ行われる塗油の儀式へと発展していきました。そのため、第二バチカン公会議以前には「終油の秘跡」とも呼ばれていました。
(3)現代における実践
 現代では、病のために危険な状態にある人、医師から重態だと判断された人だけでなく、危険な手術を受ける前の人、老衰のために死が近づいていると思われる人も司祭から病者の塗油を受けることができます。回数も、1回だけには限定されておらず、必要があれば何回でも受けることができます。
 マザー・テレサも晩年、何回か重態に陥り、そのたびに奇跡的な回復を遂げるということを繰り返しましたが、そのたびに病者の塗油を受けていました。1997年9月5日、マザーが呼吸困難に陥ったときも、ただちに近隣の教会から司祭(聖マリア教区のハンセル神父)が呼ばれ、マザーに病者の塗油を授けました。
2.恵み
 病者の塗油によって、次のような恵みが与えられます。
(1)聖霊による救霊のための恵み…その人の魂の救いのために、聖霊から与えられる恵みです。
(2)悪霊の誘惑や死の恐怖への抵抗力…病の床にある人は、自分が神様から愛されていないのではないかとか、神様が存在しないのではないかという疑問に襲われたり、死への恐怖にさいなまれたりすることがあります。病者の塗油は、そのような誘惑や恐怖と戦う力を与えてくれます。
(3)病苦と戦う力…病気は多くの場合に苦しみを伴いますが、その苦しみと戦う力が病者の塗油によって与えられます。
(4)救霊のために必要であれば、肉体の回復…もしその人の魂の救いのために肉体の回復が必要であれば、肉体が病から回復する恵みが与えられます。どんな場合でも必ず肉体の回復の恵みが与えられるわけではありません。
(5)罪のゆるし…ゆるしの秘跡を同時に受けることができない場合には、塗油によってその人の犯したすべての罪がゆるされます。この秘跡を受けることによって、病者は洗礼を受けたときの清らかな状態に戻されるのです。もしその病者が臨終の床にあるならば、この秘跡によって天国への直行が約束されると言ってもいいでしょう。