マザー・テレサに学ぶキリスト教(25)「結婚の秘跡」と「叙階の秘跡」

第25回「結婚の秘跡」と「叙階の秘跡
 今回は、結婚の秘跡と叙階の秘跡についてお話ししたいと思います。結婚は男女の交わりを強め、叙階は教会共同体と受階者の交わりを確固たるものにするので、ともに「交わりの秘跡」と呼ばれています。

Ⅰ.結婚の秘跡
 キリスト教において、結婚は一組の男女が神様の力によって固く結びつけられる神聖な儀式です。聖書において結婚がどのように描かれているかを確認した上で、聖書が語る結婚の意義を現代において生かすためにどうしたらいいのか考えてみたいと思います。

1.聖書における結婚
(1)旧約聖書
①創世記1〜2章…創世記の冒頭には人間が神に似せられて造られた存在であること、つまり「神の似姿」であることが書かれています。
 以前にお話ししましたが、神様の最大の特徴は三位一体であり、完全な愛の交わりだということです。父・子・聖霊は互いに愛し合い、愛の交わりの中で完全に一つなのです。それゆえ、人間が神様と似たようなものになるためには、人間のあいだに完全な愛の交わりが実現する必要があります。その意味で、人間が「独りでいるのはよくない」のです。
 そこで神様は、人間を男と女に造られたのだと考えられます。結婚における男女の交わりは、人間の交わりの究極的な形ですから、結婚によって結ばれることで人間は「神の似姿」に近づくことができるのです。そのことこそが、まさに結婚の意義だと言えるでしょう。
出エジプト記6章「わたしはあなたたちをわたしの民とし、わたしはあなたたちの神となる」という神の言葉は、結婚式での定型句「わたしはあなたをわたしの妻とし、わたしはあなたの夫となる」に基づくものではないかと考えられています。神様と民の関係が、結婚における男女の関係の模範と思われていたようです。
(2)新約
①マルコ10章…イエスは、モーセの律法を批判し、神が結び合わせたものを解くことはできないと主張します。イエスは、結婚に神の力が働くことを信じ、結婚の絆を神聖なものと考えていたようです。
②マタイ22章「あなたの隣人を自分のように愛しなさい」という掟は、夫婦の間に最もよく当てはまると考えられます。
③コロサイ3章・エフェソ5章パウロは、夫婦が互いに、主に仕えるように仕え合うことを勧めています。教会が神に仕えるように、夫は妻に、妻は夫に仕えなさいというのです。パウロも、結婚の絆が神によって結ばれる神秘的なものだと考えていたようです。

2.現代における結婚
 第二バチカン公会議「現代世界憲章」は、結婚を「愛と忠実の誓約」、「秘跡」、「召命」という3つの言葉で説明しています。
(1)愛と忠実の誓約
①用語の変化…1917年版の教会法典は、結婚を夫婦間の契約と定義し、夫婦関係を夫婦間の権利関係として法的に理解していました。しかし、第二バチカン公会議の「現代世界憲章」は、夫婦関係を、より人格的な交わりとしての誓約という言葉で定義しました。現行の1983年版教会法典も、夫婦関係を誓約と定義しています。
②結婚の目的…用語の変化の意味は、結婚の目的についての理解の変化と深く結び付いています。1917年版の教会法典は、結婚の目的を第一に「子女の出産と育成」、第二に「夫婦の相互扶助、および情欲の鎮静」と規定していました。しかし、現行の教会法典は結婚の目的を、愛の共同体を形成すること、その中で夫婦が互いに助け合うこと、及び子女を出産し教育することと定義しています。
(2)秘跡
①何のしるしか…イエスは、カナで婚宴に出席することで結婚の絆を祝福しました。このイエスの愛の中に、神様の結婚する男女に対する愛がはっきりと示されています。結婚の秘跡は、カナの婚宴でイエスにおいて示された神様の愛の目に見えるしるし、すなわち秘跡なのです。
②与えられる恵み
鄯.夫婦間に永続的で排他的な絆が結ばれます。
鄱.相互に忠実を守ることで結婚の聖性を証するための力が与えられます。
鄴.子女の出産と教育のために必要な恵みが与えられます。
秘跡の主体…結婚の秘跡を授けるのは、司祭ではなく夫婦同士です。結婚式での司祭や助祭の役割は、夫婦が互いに秘跡を授け合う場に立ち会う「立会人」にすぎません。
 なお、結婚式が終わっても、その時点ではまだ結婚の秘跡は完成していません。夫婦の交わりは初夜の床で完成されると考えられるため、結婚の秘跡もその時点で初めて完全なものとなります。
(3)召命
 召命とは、神様からその人に与えられた使命のことです。
①どんな使命なのか…結婚することによって夫婦は、相互のために、また子どものためにキリストの信仰と愛の証人となる使命を与えられます。夫婦は、結婚生活において互いに仕え合うことを通して、また協力して子どもを育てることを通して、より完全に一致し「神の似姿」に近づいていく使命を与えられているのです。そのようにして作られた夫婦の絆は、家庭の堅固な土台となり、教会の最小単位の共同体としての「家庭教会」を形成します。
 マザーもよく「愛は家庭から」と言って、家庭から愛の実践を始めることの重要性を説いていました。マザーの次の言葉は、結婚の召命を生き抜くためにきっと大きな手がかりになるでしょう。

「どこから愛を始めたらいいのでしょうか。それは家庭からです。
 どのように愛し始めたらいいのでしょうか。それは祈りによってです。
 祈りはいつもわたしたちに清い心を与えてくれます。そして清い心は、神を見ることができるのです。
 もしわたしたちが互いの中に神を見るならば、自然に愛し合うようになるでしょう。」

②結婚だけが召命なのか…人間は、結婚生活だけでなく、独身生活を通しても神様の特別な恵みによって聖性に到達することが可能だと考えられます。修道者や司祭は、夫婦生活や子育ての代わりに修道生活や教会への奉仕を通して聖化されていくでしょうし、それ以外の独身生活を選ぶ人も与えられた場で神様に自分のすべてを捧げていくことで聖化されるでしょう。ですから、独身生活も立派な召命なのです。

3.結婚が直面している課題
 教皇ヨハネ・パウロ2世使徒的勧告『家庭』の中で、現代において家庭が危機に直面していることを指摘しました。わたしたちの身の周りを見ても分かる通り、現代社会では急速に離婚の件数が増加しています。夫婦の絆が脆弱になり、家庭の土台が揺らいでいるのです。
 そのことは、子どもたちの生育にも大きな影響を与えています。自分が温かく受け入れられる場所を失った子どもや若者たちは、愛を求めて家庭の外にさまよい出ざるをえなくなっているのです。その中で、青少年が関与する犯罪や事件が頻発しています。結婚とはなんなのか、子どもを育てるとはどういうことなのかを、現代人は深く考え直す必要があるのかもしれません。

Ⅱ.叙階の秘跡
 叙階の秘跡とは、聖職者を志す者が、聖職者の団体(オルド)に加えられる儀式(オーディネーション)です。叙階の秘跡を受けた者は、司教団、司祭団、ないし助祭団に受け入れられるのです。

1.2つの祭司職
 祭司職には、信者の共通祭司職と聖職者の役務的祭司職があります。役務的祭司職につくためには、叙階の秘跡を受ける必要があります。
(1)信者の共通祭司職
 イエスは、十字架上で自らの命を神に犠牲として捧げ、神と人間との交わりを完全に回復した大祭司でした。洗礼によってイエスと一致したすべてのキリスト信者は、イエスのこの使命を引き継ぎます。信者の一人ひとりは、日々の生活やミサの中で自分自身を神様にお捧げし、イエスの犠牲に参与することで祭司の役割を果たす使命を帯びているのです。このことを、信者の共通祭司職と呼びます。
(2)役務的祭司職
 イエスの時代から、教会の中には特に選ばれて「パンを裂く式」を執り行い、神の民の司牧に当たる役割を与えられた人々がいました。ミサの中でキリストの体を犠牲として神に捧げ、また神の民の世話をするその役割のことを、役務的祭司職と呼びます。具体的には、司教職、司祭職、助祭職のことです。
 役務的祭司職に就くためには、叙階を受けて司教団、司祭団、ないし助祭団に受け入れられる必要があります。そのようにして役務的祭司職に就いた人のことを、聖職者とも呼びます。ときどき誤解している人がいますが、叙階の秘跡を受けていない修道者(シスターなど)は、聖職者ではありません。

2.「しるし」としての叙階の秘跡
(1)何の「しるし」なのか
 叙階の秘跡は、イエスが12使徒を選び、彼らに福音宣教と神の民の世話をする使命を与えたことに由来しています。イエスが12使徒を選んだのは、神様が人々を深く愛しているからです。神の民は、12使徒の助けによって神様の愛とより深く出会うことができるのです。叙階の秘跡は、イエスが12使徒を選んだ時にはっきりと示されたこの神様の愛を思い起こさせ、体験させるしるしだと言えるでしょう。
(2)具体的な形
 叙階の秘跡の恵みは、具体的には司教、司祭、助祭の奉仕を通して実現します。神の民に対する彼らの奉仕の業の中に神様の愛が示されるのです。司教は12使徒の後継者であり、司祭や助祭は司教の仕事に協力する者だと考えられています。

3.聖職者の役割
 聖職者は、「教会の頭であるキリストの代理者」として行動する役割を与えられています。具体的には、ミサにおいてキリストの代理者としてキリストの体を神にお捧げし、教会においてキリストの代理者として人々に奉仕するのです。聖職は一つの権威ととらえられがちですが、それはキリストに倣って自分のすべてを神様に捧げる特権だということを忘れないようにしたいと思います。司祭の権能は、あくまでも奉仕のための権能であって、傲慢な態度で人々を見下すための権威ではないのです。
4.叙階の秘跡が直面している課題
 叙階の秘跡は、現代社会において数々の課題に直面しています。
(1)召命の減少
 みなさんの周りを見ても分かる通り、教会に若い司祭の数が少なくなってきています。それは、若者たちの中から司祭職を目指す人がなかなか出てこないからです。そもそも、教会に来る若者の数が減っています。現代社会の中で、司祭職だけでなく教会全体に魅力がなくなってきているのだとすれば、それは由々しき問題です。
(2)終身助祭
 第二バチカン公会議によって、既婚者の中から終身助祭を立てることが認められました。終身助祭とは、いずれ司祭になる過渡的助祭ではなく、一生助祭として教会に奉仕する人のことです。終身助祭を含めた聖職者と信徒の協働の新しい形が模索されています。
(3)女性司祭の可能性
 カトリック教会の中には、女性を司祭にするべきだと主張する人たちがいます。ですが、イエスが男性だけを12使徒に選んだことは神の摂理だとも考えられるため、教皇様は女性を司祭にする可能性を認めていません。
(4)司祭による問題行動
 少し前になりますが、アメリカで司祭による子どもへの性的虐待が大きな問題になったことがあります。この事件をきっかけにして、司祭の独身制を問題視する動きが起こりました。しかし、教皇様はラテン典礼に属する司祭が妻帯する可能性を認めていません。妻帯しているプロテスタントの教職者が同じような問題を起こすこともありますから、結婚すればすむ問題ではないということでしょう。