フォト・ライブラリー(331)初冬の広島、イエズス会長束黙想の家

初冬の広島、イエズス会長束黙想の家

待降節に当たって自分自身の心を整えるため、12月5日から6日までイエズス会長束黙想の家で1日の静修をしてきました。

10月下旬に年の黙想をしたとき、庭の木々はまだ色づき始めたばかりでしたが、今回はもう紅葉の最終段階。散り残ったモミジの葉が、モノトーンに変わりつつある黙想の家の庭を彩っていました。

鯉たちが泳ぐ池にも、たくさんの落ち葉が。強い北風が吹くたびに、一枚、一枚と水底に沈んでいきました。

降り積もった落ち葉の上に落ちてきたモミジの葉。このように、立った状態で落ちていることがときどきあります。透過光を受けて、まさに「最後の輝き」という感じです。

今回から、かつて中間期生時代に福岡の学校で一緒に働かせていただいたことがあり、神学生時代にも色々とお世話になった塩谷神父様に黙想の指導をお願いすることになりました。塩谷神父様は学校を退職後、修練長として会員の初期養成に携わっておられました。その仕事も今春に終えられ、今は長束修道院の責任者をしておられます。

司祭になって5年目。張り切ってやってきましたが、いろいろと緩みが出てきているのも事実。これからしばらくのあいだ、2ヶ月に1度くらいのペースで長束を訪れ、塩谷神父様から霊的指導を受けてしっかり締め直そうと思っています。

広大な黙想の家の敷地には、畑や果樹園、テニスコート、墓地などもあります。果樹園で、たわわに実った伊予柑。おいしそうですね。

庭のあちこちで、こんな冬芽も見かけました。これから長い冬をこの中で乗り越えるのですね。

果樹園を歩いていると、燃えるような赤が目に飛び込んできました。大ぶりの葉のカエデです。

この日の長束は、晴れ間もありましたが、強い北風の中にときおり小雪が舞い散るお天気。とても寒かったですが、畳の大聖堂で何時間も祈っているうちに、少しずつ心の中に聖霊の炎が燃え上がってゆくのを感じました。黙想を終えて帰るときは、まるで温泉帰りのようにほかほかとゆったりした心持ちでした。この恵みを糧として、待降節、そしてクリスマスの諸行事に臨みたいと思います。