祈りの小箱(80)『一つずつ委ねる』


『一つずつ委ねる』
 「地上の被造物への執着を手放す」、「すべてを神様の手に委ねる」と言うと、ほとんどの方が「そんなことは不可能だ」とおっしゃいます。すべての執着を一度に捨てて、それからは天使のように清らかに生きる。そんなことができればすばらしいが、実際問題として不可能だということでしょう。まったくもっともなことだと思いますが、実は執着を手放すというのはそういうことではありません。すべての執着を一度に手放すのではなく、そのときそのとき、自分がしがみついているものを一つずつ手放してゆくということなのです。
 例えば、誰かから悪口を言われてプライドを傷つけられたとしましょう。怒りにまかせて相手に反論したり、悪口を言ったりしたいのはやまやまでしょうが、それが神様の望むことでないのは明らかです。そんなときには、怒りの原因である特定のことへのプライドを手放すことです。神様を悲しませるくらいなら、こんなプライドは手放してしまおう。神様から愛されていること、愛されるにふさわしいものであること、それが自分のプライドだ。そう思ってプライドを手放すのです。将来のことが心配でしかたがない。そんなときには今気になっていること、例えば就職や試験の結果などを、神様の手に委ねてしまうことです。自分の思った通りにならないかもしれないが、神様が一番よくして下さる。そう信じて、将来を神様の手に委ねるのです。「地上の被造物への執着を手放す」、「すべてを神様の手に委ねる」というのは、そのようにして、一つひとつの執着を手放し、神様の手に委ねていくことなのです。
 一度に全部を手放し、神様の手に委ねてそれっきりということなどありえないとも言えます。どんなに強く決心し、すべてを神様に委ねたとしても、日々の生活の中ですぐに執着は戻ってきてしまうからです。結局のところ、わたしたちは、日々の生活の中で一つひとつを手放し、神さまの手に委ねていく以外にないのです。
 執着を捨てる必要はありません。プライドも、将来も、他人からの評価や財産も、生きていくためには必要なものだからです。神様が一番よくしてくださると信じて、神様の手に委ねるのです。どれほど振り払っても戻ってくる執着を、日々一つひとつ手放し、神様の手にゆだねていくこと。最後の日まで、手放し、委ね続けること。それが、わたしたちの人生だといっていいでしょう。
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