祈りの小箱(155)『「好き」と「愛する」の違い』


『「好き」と「愛する」の違い』
 「好き」という言葉と「愛する」という言葉は、似ているようでだいぶ違います。「好き」というのは、自分にとって好ましい人を、その限りにおいて受け入れるということですが、「愛する」というのは、好ましい好ましくないにかかわらず、神様が出会わせてくださった相手を大切にすることだからです。相手が自分にとって好ましい特徴を失えば、たとえばお金が無くなったり、地位を失ったり、歳をとって容貌が衰えたりすれば、「好き」はすぐ「嫌い」に変わりますが、「愛する」は相手が神様が出会わせてくれたかけがえのない相手である限り、いつまでも変わることがありません。
 例えば、こんな話を聞いたことがあります。ご主人は大きな会社のビジネスマン、奥さんはとても気立てのいい器量よしでしたが、結婚して5年目のある日、まったく思いがけないことが起こりました。買い物途中の奥さんが交通事故に会い、脳に重い障害を負ってしまったのです。記憶もほとんど失ってしまい、人格も日に日に崩壊していくという厳しい状況の中で、ご主人は大きな会社を辞め、奥さんともっと長く一緒にいられる仕事に転職しました。かつて好ましいと思えた特徴をすべて失ってしまった奥さんでしたが、ご主人はそのあと20年以上にわたって奥さんの介護を続け、最後を看取りました。これは、愛だと思います。相手が好ましいと思える特徴をすべて失ったとしても、神様が出会わせてくれた大切な相手として最後まで大切にし続ける。それが、「愛する」ということなのです。
 「好き」ということは、自分に好ましい相手だけを受け入れるということですから、すべての人を「好き」になることは不可能です。しかし、「愛する」は違います。神様が出会わせてくださった相手である限り、わたしたちはすべての人を大切にし、「愛する」ことができるからです。すべての人を「好き」になれなくても、すべての人を「愛する」ことができる人になりたいと思います。
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