バイブル・エッセー(996)真理の支配

f:id:hiroshisj:20211121101427j:plain

真理の支配

 そのとき、ピラトはイエスに、「お前がユダヤ人の王なのか」と言った。イエスはお答えになった。「あなたは自分の考えで、そう言うのですか。それとも、ほかの者がわたしについて、あなたにそう言ったのですか。」ピラトは言い返した。「わたしはユダヤ人なのか。お前の同胞や祭司長たちが、お前をわたしに引き渡したのだ。いったい何をしたのか。」イエスはお答えになった。「わたしの国は、この世には属していない。もし、わたしの国がこの世に属していれば、わたしがユダヤ人に引き渡されないように、部下が戦ったことだろう。しかし、実際、わたしの国はこの世には属していない。」そこでピラトが、「それでは、やはり王なのか」と言うと、イエスはお答えになった。「わたしが王だとは、あなたが言っていることです。わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。」(ヨハネ18:33b-37)

「お前がユダヤ人の王なのか」と問うピラトに対して、イエスは、「もし、わたしの国がこの世に属していれば、わたしがユダヤ人に引き渡されないように、部下が戦ったことだろう。しかし、わたしの国はこの世には属していない」と答えました。イエスは王なのですが、この王が治める国は、目には見えない神の国、真理のみによって統治される愛の国なのです

 この国は、暴力によって相手を従わせる地上のやり方とは無縁なので、イエスを守るために兵士たちが出動することはありません。しかし、どんな暴力も、この国に手を出すことは不可能です。暴力で無理に相手を従わせたとしても、もし真理に反する行動を地上の王が取り続けるなら、その国が長く続くことはないからです。不正や暴虐がはびこる国、弱者の権利を踏みにじるような国は、やがて不正をなくし、誰もが幸せに暮らせることを願う人々によって倒され、とって代わられるものなのです。そのことは、イエスを処刑したローマ帝国が、その後どのような歴史をたどったかを思い出せば明らかでしょう。どんな時代であっても、勝利するのは必ず真理です。地上で最も大きな力を持つ王でさえ、結局のところ、真理であるキリストの下僕に過ぎないのです。

 キリストは、わたしたち一人ひとりも、王としてくださいました。わたしたちは、みなキリストの王職を引き継ぎ、王として生きる使命を与えられているのです。その王職は、ふんぞり返って威張り散らし、私利私欲を満たすことではありません。この地上に真理を実現すること、弱者が虐げられることなく、すべての人が幸せに生きられる世界を実現することこそ、わたしたちが王として果たす使命なのです

 まず、わたしたち自身の心を治めることから始めたいと思います。妬みや猜疑心、人を陥れる企みなどは、明らかにわたしたちの敵です。もし心の中に入り込んだなら、ただちに見つけ出して捕らえ、心の外に出してしまう必要があります。真理が支配する国にあるのは、ただ隣人をいたわる思いやり、苦しんでいる人がいれば、その人のために自分を差し出そうとする愛だけなのです。

 わたしたちの心の中に真理の支配が実現し、愛が心を満たすとき、その支配は周りの人たちへも広がってゆきます。わたしたちが差し出す無償の愛は、相手の中に眠っている真理を呼び覚まし、相手も真理に従う者に変えてゆくからです。わたしたちが真理に従って生きている限り、わたしたちは自分の家族、自分に与えられた人々の中で、いつも愛され、頼られる王として領土を広げ、使命を果たすことができるでしょう。親の子どもに対する支配、家族に対する支配というものがあるなら、それは、子どものため、家族のために、自分を差し出すことに他ならないのです。

 真理に背いて幸せになれる人は誰もいません。真理の支配から逃れられる人は、誰一人いないのです。王であるキリストのもと、わたしたち一人ひとりが真理に従い、この地上に真理を実現する王となれるよう、心を合わせて祈りましょう。

youtu.be

※バイブル・エッセイが本になりました。『あなたはわたしの愛する子~心にひびく聖書の言葉』(教文館刊)、全国のキリスト教書店で発売中。どうぞお役立てください。

www.amazon.co.jp

books.rakuten.co.jp