バイブル・エッセイ(1200b)心の平和

心の平和

 その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」(ヨハネ20:19-29)

 復活したイエスが弟子たちに「あなたがたに平和があるように」と二度、繰り返し語りかける場面が読まれまた。イエスが復活して真っ先に伝えたかったメッセージ、繰り返し語りかけ、弟子たちの心にしみこませたかったメッセージ、それが「あなたがたに平和があるように」だったのです。

 平和とはどういうことでしょう。ここでイエスが言っているのは、弟子たちの心の平和のことだと思います。このとき、弟子たちの心はイエスを見捨てて逃げてしまったことへの後悔や、自分たちの将来への不安などでかき乱されていました。神さまのことを忘れ、自分のことだけで頭がいっぱいになっていたと言ってもいいでしょう。

 そんな弟子たちにイエスは、「あなたがたに平和があるように」と語りかけました。「わたしを見捨てたことは気にする必要がない。あなたたちが弱いからこそ、あなたたちのためにわたしが死んだのだ」「将来のことも心配する必要がない。いつまでもわたしがあなたと一緒にいる」、イエスは弟子たちに、そう伝えたかったのです。平和とは、イエスが、わたしたちの弱さを知った上で、それでもわたしたちを愛してくださっていると信じること。イエスがわたしたちを愛し、見守っていてくださる以上、何も心配する必要はないと信じることから生まれる、心の安らぎだといってよいでしょう。自分は神さまから愛されていると心の底から信じ、すべてを神さまの手に委ねることによって生まれる心の安らぎ。それこそ、イエスがわたしたちに願った平和なのです。

 ですが、これを信じるのはなかなか難しいことです。トマスは、他の弟子たちが、自分のいないときにイエスと会ったと聞いて、「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ…わたしは決して信じない」と言いました。言葉が強いのは、きっと、「自分だけが仲間外れにされた。自分はイエスから愛されていないのか」という思いがあったからでしょう。そんなトマスのために、イエスはもう一度、姿を現し、「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである」と語りかけました。「目には見えなくても、わたしはあなたを愛している。わたしの愛を疑ってはいけない」と、イエスはトマスに伝えたかったのです。

 この疑い深いトマスの姿は、わたしたちにも重なります。どんなに聖書を読み、教会で説教を聞いても、「わたしは神さまから愛されている」と信じられなくなることが、どうしても起こってくるのです。大きな失敗をしたときや、頑張ってやっているのに誰も褒めてくれないときなど、わたしたちはつい、「わたしなんて価値のない人間だ。生きていても仕方がない」などと考えてしまいがちなのです。失敗したときや褒めてもらえないとき、目に見える愛のしるしがないときにこそ、わたしたちの信仰が問われるといってよいでしょう。神さまは、わたしの弱さも含めてわたしを愛してくださっている、誰も褒めてくれなくても、神さまだけはわたしの頑張りを見ていて、わたしを褒めてくださる。そう心の底から信じられたとき、わたしたちの心に平和が訪れます。見ないのに信じる人に与えられる心の平和を、いつも失わずにいられるよう祈りましょう。

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