バイブル・エッセイ(1210)誰が隣人なのか

誰が隣人なのか

 ある律法の専門家が立ち上がり、イエスを試そうとして言った。「先生、何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか。」イエスが、「律法には何と書いてあるか。あなたはそれをどう読んでいるか」と言われると、彼は答えた。「『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい』とあります。」イエスは言われた。「正しい答えだ。それを実行しなさい。そうすれば命が得られる。」しかし、彼は自分を正当化しようとして、「では、わたしの隣人とはだれですか」と言った。イエスはお答えになった。「ある人がエルサレムからエリコへ下って行く途中、追いはぎに襲われた。追いはぎはその人の服をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。ある祭司がたまたまその道を下って来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。同じように、レビ人もその場所にやって来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。ところが、旅をしていたあるサマリア人は、そばに来ると、その人を見て憐れに思い、近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。』さて、あなたはこの三人の中で、だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか。」律法の専門家は言った。「その人を助けた人です。」そこで、イエスは言われた。「行って、あなたも同じようにしなさい。」(ルカ10:25-37)

「隣人を自分のように愛しなさい」という教えを知っているけれど、「わたしの隣人とはだれですか」と言ってその教えを実践しようとしない律法の専門家の話が読まれました。「隣人を愛せよ」と言うけれど、隣人というのは一体どこまでなのか。家族や友だち、知り合いならまだしも、見ず知らずの外国人まで隣人と思って愛せよというのか。律法学者が言いたかったのは、きっとそういうことでしょう。
 そんな律法学者に対して、イエスは、自分から見て外国人であるユダヤ人を助けたサマリア人の話をしました。すると、律法学者は傷つき倒れたユダヤ人である「その人を助けた人」こそ隣人だと答えました。「サマリア人」と言うのが嫌で「その人を助けた人」と言ったのかもしれませんが、いずれにせよ、国籍には関係がなく「助けた人」こそ隣人であることを自ら認めたのです。「隣人を自分のように愛する」とは、このサマリア人のように、誰であっても自分と同じように大切にすることだ。国籍や身分、性別などはまったく関係ない。イエスはきっと、律法学者にそのことを教えたかったのでしょう。
 ではどうしたら、隣人をまるで自分のことのように思い、大切にできるのでしょうか。マザー・テレサはよく、「貧しい人の中にイエスを見なさい」と言っていました。貧しい人を愛したいなら、まずその人をよく見なさい。その人の中に宿っているイエス・キリストが見えるくらいよく見なさいということです。たとえ貧しく傷ついていたとしても、その人もかけがえのない神の子、キリストの命を宿した限りなく尊い存在、自分と同じ人間。そのことに気づくまで、相手をよく見る。それこそが隣人愛の出発点だとマザー・テレサは考えていたのです。
 確かに、相手の顔もよく見ないで、「この人は貧しい人」と決めつけ、「だから豊かな自分は助けてあげなければいけない」と考えて相手を助けるのは、義務感であって愛とは呼べないでしょう。相手の顔をじっと見て、その人が限りなく尊い神の子であることに気づき、その人のために何かせずにいられなくなる。同じ人間として、その人を放っておくことができなくなる。その思いこそが愛であり、その思いにつき動かされて行動するときにこそ、わたしたちは隣人を愛することができるのです。だからこそマザー・テレサは、「貧しい人の中にイエスを見なさい」と言ったのです。
 わたしたちも、気をつけないと、この律法学者と同じように、「わたしの隣人とは誰ですか」という開き直りをしてしまう可能性があります。アフリカや遠い国で飢えている人たちについて「さすがにこれだけ遠いと隣人とは呼べない」と考えて無関心になったり、日本に住んでいる外国の人たちについて、「この人たちのことまでかまっていられない」と心を閉ざしたりしてしまうことがありうるのです。しかし、その人たちの顔をよく見れば、その人たちもかけがえのない命、限りなく尊い神さまの子どもであり、わたしたちと同じ人間、わたしたちの隣人であることに気づくでしょう。そして、その人たちのために何かせずにいられなくなるはずです。「貧しい人の中にイエスを見なさい」というマザー・テレサの教えを心に刻み、まずは相手をよく見ることから愛を始めましょう。

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