バイブル・エッセイ(1221)天国と地獄

天国と地獄

「ある金持ちがいた。いつも紫の衣や柔らかい麻布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた。この金持ちの門前に、ラザロというできものだらけの貧しい人が横たわり、その食卓から落ちる物で腹を満たしたいものだと思っていた。犬もやって来ては、そのできものをなめた。やがて、この貧しい人は死んで、天使たちによって宴席にいるアブラハムのすぐそばに連れて行かれた。金持ちも死んで葬られた。そして、金持ちは陰府でさいなまれながら目を上げると、宴席でアブラハムとそのすぐそばにいるラザロとが、はるかかなたに見えた。そこで、大声で言った。『父アブラハムよ、わたしを憐れんでください。ラザロをよこして、指先を水に浸し、わたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの炎の中でもだえ苦しんでいます。』しかし、アブラハムは言った。『子よ、思い出してみるがよい。お前は生きている間に良いものをもらっていたが、ラザロは反対に悪いものをもらっていた。今は、ここで彼は慰められ、お前はもだえ苦しむのだ。そればかりか、わたしたちとお前たちの間には大きな淵があって、ここからお前たちの方へ渡ろうとしてもできないし、そこからわたしたちの方に越えて来ることもできない。』金持ちは言った。『父よ、ではお願いです。わたしの父親の家にラザロを遣わしてください。わたしには兄弟が五人います。あの者たちまで、こんな苦しい場所に来ることのないように、よく言い聞かせてください。』しかし、アブラハムは言った。『お前の兄弟たちにはモーセと預言者がいる。彼らに耳を傾けるがよい。』金持ちは言った。『いいえ、父アブラハムよ、もし、死んだ者の中からだれかが兄弟のところに行ってやれば、悔い改めるでしょう。』アブラハムは言った。『もし、モーセと預言者に耳を傾けないのなら、たとえ死者の中から生き返る者があっても、その言うことを聞き入れはしないだろう。』」(ルカ16:19-31)

 地獄の火にさいなまれ、助けを求める金持ちに、アブラハムが「わたしたちとお前たちの間には大きな淵があって、ここからお前たちの方へ渡ろうとしてもできないし、そこからここに越えて来ることもできない」と言う場面が読まれました。金持ちがかわいそうな気もしますが、イエスはなぜ、このような話をしたのでしょう。
 この話を読んでいて、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』という短編小説を思い出しました。地獄に落ちた大悪人に、お釈迦様が極楽から蜘蛛の糸を下ろすという話です。糸を見つけた大悪人は大喜びで糸を登り始めますが、途中で、他の亡者たちが後をついてくるのに気づきます。このままでは糸が切れると思って怖くなり、「これはおれの糸だ。下りろ」と叫んだ途端、糸は切れてしまいました。極楽と地獄をつなぐ「あわれみ」という糸を、大悪人は自分で切ってしまった。そう言っていいでしょう。
 アブラハムが言っているのも、きっとそういうことだと思います。天国と地獄をつなぐものがもしあるとすれば、それは他人をいたわる慈しみの心、他人の苦しみを自分の苦しみとして受け止め、手を差し伸べようとする愛です。地獄で苦しみ助けを求めている人が、もし他人の苦しみにまったく無関心で自分のことしか考えていないなら、その人の心に慈しみや愛がまったくないなら、アブラハムでさえその人を天国に引き上げることはできないのです。天国と地獄のあいだに広がる「大きな淵」とは、人間の心に広がる無関心、自分さえよければいいという利己的な考え方のことだと言ってよいでしょう。
 アブラハムの言葉でもう一つ印象的なのは、「モーセと預言者に耳を傾けないのなら、たとえ死者の中から生き返る者があっても、その言うことを聞き入れはしないだろう」という言葉です。死者が生き返って「このままでは地獄に落ちるぞ」と言っても、それだけで人間の心を変えることはできないというのです。確かに、死者が生き返れば驚くだろうし、「地獄に落ちる」と言われれば恐れもするでしょう。しかし、どんなに驚いたり、恐れたりしたところで、それだけで、その人の心に慈しみや愛が生まれることはありません。それでは、決して天国に行くことはできないのです。
 現代の世界で言えば、大きく見たとき、先進国の人たちが金持ちで、アフリカやインドなどの貧しい人たちがラザロと言えるかもしれません。もっと身近なところにも、苦しんでいるラザロが、きっといるでしょう。もしわたしたちが、「あの人たちは自分とは関係がない」と思うなら、天国への道は閉ざされてしまいます。しかし、わずかでも関心を持ち、その人たちのために何かしたいと願うなら道は開かれます。蜘蛛の糸ほどのわずかな関心だったとしても、それが本物の慈しみであり、愛であるならば、決して切れることはありません。まずは、その人たちのことを思い出し、祈ることから始めるのがよいでしょう。「大切な神の子、わたしたちの兄弟姉妹が苦しんでいます。どうか救いの道をお示しください」と、心を合わせて共に祈りましょう。

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