こころの道しるべ(88)無駄な出会いはない

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無駄な出会いはない

自分と同じ考え方、
感じ方をする人との出会いは、
安らぎと喜びをもたらす恵み。
自分と違う考え方、
感じ方をする人との出会いは、
学びと成長をもたらす恵み。
無駄な出会いは一つもありません。
すべての出会いが恵みです。

『こころの深呼吸~気づきと癒やしの言葉366』(教文館刊)

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バイブル・エッセー(991)誰が本当に偉いのか

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誰が本当に偉いのか

 そのとき、イエスは12人を呼び寄せて言われた。「あなたがたも知っているように、異邦人の間では、支配者と見なされている人々が民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。しかし、あなたがたの間では、そうではない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである。」(マルコ10:41-45)

 誰が高い地位に着くかをめぐって争っている弟子たちに、イエスは「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人のしもべになりなさい」と言いました。偉い人というのは、人々を仕えさせ、顎で使う人ではなく、むしろ、人々のために自分を惜しみなく差し出す人、人々に仕える人のことだとイエスは言うのです。偉さというのは、権力や財産、名誉などを手に入れ、世間から評価されることではなく、神の子らしく生きて、神に喜ばれることにある。そう言ってもよいでしょう。

 先日、幼稚園の運動会で感動的な場面がありました。運動会のクライマックス、年長さんによるクラス対抗リレーの結果発表のときのことです。1位で呼び上げられたクラスの子どもたちは大喜びでしたが、最下位になってしまったクラスの子どもたちは、先生の周りに集まって泣き出してしまいました。先生ももらい泣きしてしまい、それを周りで見ていたわたしたちも思わず涙ぐむというような状況でした。そのとき、先生が泣きながら子どもたちに言いました。「みんなクラスのために本当によく頑張ってくれたね。先生は、それがとてもうれしいです」。その言葉を聞いて、子どもたちは少し元気を取り戻したようで、中には大きくうなずいてほほ笑んだ子もいました。リレー自体も感動的だったのですが、この場面も本当に感動的でした。先生の言葉がけも、子どもたちの心にしっかり寄り添うすばらしい一言だったと思います。

 世間一般では、競争に勝ち、優勝した人が偉いと言われるのかもしれませんが、偉さの基準は、確かにもう一つ存在します。それは、クラスやチームなど自分が属する共同体のみんなのため、そして、応援してくれているみんなのために全力を尽くして頑張ったということです。みんなの喜ぶ顔を見たくて、みんなのために苦しさを乗り越える。最後まで頑張って走り抜く。その姿は、結果がどうであったとしても、惜しみない賞賛に値するのです。神さまが喜ばれるのは、むしろそのような偉さの方だと言ってよいでしょう。少なくとも、イエスが「偉くなりたいなら」というときの偉さが、こちらの方の偉さであるのは間違いありません。

 神さまを喜ばせる本当の偉さは、仕えられることよりも、仕えること。愛されることよりも、愛することの中にあります。神を信じる人にとっては、権力や地位、名誉などを持つことで得られる偉さよりも、神さまのため、大切な人たちのために自分を喜んで差し出す偉さの方が、はるかに大切なのです。そのことを思い出せば、神を信じる人たちのあいだで権力や地位、名誉などをめぐって争うことが、どれほど無意味なことかわかるでしょう。クラスの仲間のため、応援してくれるみんなのために精いっぱい最後まで走り抜いた子どもたちのように、わたしたちも神さまのため、愛する仲間たちのために自分を差し出すことができるよう祈りましょう。

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こころの道しるべ(87)好みの違い

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好みの違い

「白ワインよりも赤ワインが好き」
という思いは、行き過ぎると
「赤ワインより白ワインが好きな人は、
ワインの味がわからない人」
という思い込みを生みます。
好き嫌いの問題が、
優劣の問題になってしまうのです。
好みのあいだに優劣はありません。

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バイブル・エッセイ(990)永遠の命を受け継ぐ

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永遠の命を受け継ぐ

 イエスが旅に出ようとされると、ある人が走り寄って、ひざまずいて尋ねた。「善い先生、永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか。」イエスは言われた。「なぜ、わたしを『善い』と言うのか。神おひとりのほかに、善い者はだれもいない。『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、奪い取るな、父母を敬え』という掟をあなたは知っているはずだ。」すると彼は、「先生、そういうことはみな、子供の時から守ってきました」と言った。イエスは彼を見つめ、慈しんで言われた。「あなたに欠けているものが一つある。行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」その人はこの言葉に気を落とし、悲しみながら立ち去った。たくさんの財産を持っていたからである。(マルコ10:17-22

 たくさんの財産を持った人がイエスの前にひざまずき、「永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか」と尋ねる場面が読まれました。この人が「永遠の命」を求めるのは、ある意味でもっともなことに思えます。なぜなら、どんなにたくさんの財産や名誉、権力を手に入れたとしても、死んでしまえばもう何の役にも立たないからです。地上の富や名誉、権力を手に入れた人が最後に欲しがるもの、それは「永遠の命」なのです。

 では、どうしたら「永遠の命」を手に入れることができるのでしょう。この金持ちの問いに対してイエスは、「持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい」と答えました。この答えの中に、「永遠の命」に至るための鍵が隠されているように思います。「持っている物を売り払う」ことは、神への全面的な信頼がなければできないことです。「すべてを失ったとしても、神さまがいてくだされば何の心配もない。神さまがすべてをよくしてくださる」、そのような信頼こそが「永遠の命」に至るための一つの鍵だと言ってよいでしょう。富も名誉も権力も、地上のものはすべて過ぎ去ります。そのようなものにしがみついている限り、わたしたちは決して永遠の世界に入ることができないのです。

 「永遠の命」に至るためのもう一つの鍵は、「貧しい人々に施しなさい」という言葉の中に隠されているように思います。自分が持っているものを、貧しい人々、苦しんでいる人々と分かち合う。それは、貧しい人々を愛するということに他なりません。貧しい人々の苦しみに目を向け、その人たちもかけがえのない神の子、自分の兄弟であることに気づいて心を動かされるとき、「その人たちのためになにかせずにいられない」という気持ちに駆り立てられ、自分に与えられた財産や能力、時間などを惜しみなく差し出すとき、わたしたちの間に生まれる確かな愛。その中に「永遠の命」が宿っているのです。

 「永遠」とはどういうことでしょう。それは、決して過ぎ去らないということであり、いつまでも続くということでしょう。地上の富や名誉、権力など、過ぎ去ってゆくものから手を離し、神の手に身を委ねるとき、わたしたちは決して過ぎ去らない世界、神の永遠の中に一歩を踏み出します。貧しい人々の苦しみに目を止め、その人たちのために自分を差し出すとき、わたしたちの心に、いつまでも消えることのない真実の愛が生まれます。その愛を生きるとき、わたしたちは神の永遠を生きることになるのです。

 神へのまったき委ねと、愛の実践。それこそが「永遠の命」に至るための鍵である。「持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい」というイエスの言葉は、わたしたちにそのことを教えてくれます。この言葉は、この金持ちだけでなく、わたしたち一人ひとりにとっても、人生の指針となる大切な言葉、朽ちることのない知恵の言葉だと言ってよいでしょう。この言葉をしっかりと胸に刻み、実践してゆくことができるよう、心を合わせてお祈りしましょう。

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こころの道しるべ(86)バランスの悪い想像

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バランスの悪い想像

人間は、先に起こる不幸を想像するとき
天才的な力を発揮しますが、
先に起こる幸せを想像するのは苦手です。
だから、先のことについては、
バランスの悪い想像しかできないのです。
先のことは神さまに委ね、
わたしたちは「いま」に集中しましょう。

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バイブル・エッセイ(989)神さまが結んだ絆

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神さまが結んだ絆

 ファリサイ派の人々が近寄って、「夫が妻を離縁することは、律法に適っているでしょうか」と尋ねた。イエスを試そうとしたのである。イエスは、「モーセはあなたたちに何と命じたか」と問い返された。彼らは、「モーセは、離縁状を書いて離縁することを許しました」と言った。イエスは言われた。「あなたたちの心が頑固なので、このような掟をモーセは書いたのだ。しかし、天地創造の初めから、神は人を男と女とにお造りになった。それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる。だから二人はもはや別々ではなく、一体である。従って、神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない。」家に戻ってから、弟子たちがまたこのことについて尋ねた。イエスは言われた。「妻を離縁して他の女を妻にする者は、妻に対して姦通の罪を犯すことになる。夫を離縁して他の男を夫にする者も、姦通の罪を犯すことになる。」(マルコ10:2-12)

 「夫が妻を離縁することは律法に適っているか」と問うファリサイ派の人々に、イエスは「神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない」と答えました。もし二人の絆が神によって結ばれたものなら、その絆を断つことは神のみ旨に反するというのです。離婚についての律法の解釈を問うファリサイ派の人々に対して、イエスはそもそも、なぜ人は結婚するのかという観点から答えたと言ってよいでしょう。

 人間は、なぜ結婚するのでしょうか。旧約聖書では、神は「人(アダム)から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた」。だから、もともと一体だった男女は、結婚してまた一体に戻るのだと説明されました。この説明は、現代では受け入れにくい部分もあるかと思いますが、人間はすべて神という一つの源から生まれ、そのうちに同じ神の愛を宿している。だから、互いに引かれ合うのだと考えれば、現代でも十分に受け入れられるでしょう。もともと一つだったものは、互いに引かれ合うということです。物質と物質とは、万有引力の法則によって引かれ合うとされていますが、人間同士の場合は、万有引力だけでなく、それぞれの内に宿った愛の力によっても互いに引かれ合っているのです。

 人間が結婚するもう一つの理由は、もともと一つだったものを「神が結び合わせる」からです。わたしたちは、結婚相手を自分で選んだと思っているかもしれませんが、実は、結婚する二人は、神さまによって導かれて出会った。神さまが、自分にちょうどよい相手を選んで与えてくださったということなのです。この二人が結ばれることは、神の計画を実現するために不可欠なことだ。この二人が結ばれることによって、確かに「神の国」がこの地上に始まる。そう思われたときに、神さまは二人を結婚の絆で結ばれます。ですから、もしその絆が神によって結ばれたものであるなら、離婚することは神のみ旨、神の計画に反することになってしまうのです。

 このように考えてゆくと、「夫が勝手に妻を離縁してはいけない」というイエスの立場は、結婚だけでなく、すべての人間関係に当てはまるように思います。結婚する相手だけでなく、この地上に生きるすべての人は、唯一の神のもとから生まれてきました。だから、わたしたちは互いに引かれ合うのです。互いに愛し合い、一つに結ばれることによって本来の姿に戻ることができると言ってもよいでしょう。また、わたしたちが出会うすべての人は、自分で勝手に出会ったわけではなく、神さまが出合わせてくださった人たちです。神さまがわたしたちと相手との間に愛情や友情の絆を結んでくださったのなら、その絆を勝手に断つことは、神さまのみ旨に反することなのです。

 もしわたしたちの間に愛があり、互いが愛によって結ばれているなら、その絆は間違いなく神さまによって結ばれたものです。神さまが結んでくださった絆を大切に守っていくことができるよう、心を合わせてお祈りしましょう。

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こころの道しるべ(85)愛し合い、助け合う

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愛し合い、助け合う

孤独の痛みは、わたしたちが
愛し合うために生まれてきたことを
思い出させるために、
無力さの痛みは、わたしたちが
助け合わずに生きられないことを
思い出させるためにあります。
愛し合い、助け合って生きるなら、
その痛みは消え去るでしょう。

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