こころの道しるべ(221)してもらったこと

してもらったこと 疲れが溜まると、してもらったことより、してもらえなかったことの方が大きく見えてきます。相手をいたわるゆとりを失い、「わたしはこんなにして上げたのに」と思い始めるのです。してもらったことへの感謝を忘れないようにしましょう。 …

バイブル・エッセイ(1148)聖霊への冒涜

聖霊への冒涜 イエスが家に帰られると、群衆がまた集まって来て、一同は食事をする暇もないほどであった。身内の人たちはイエスのことを聞いて取り押さえに来た。「あの男は気が変になっている」と言われていたからである。エルサレムから下って来た律法学者…

こころの道しるべ(220)愛を育てる

愛を育てる 愛するとは、相手のすべてを、あるがままに受け入れるということ。初めから相手のすべてを知り尽すことはできないので、わたしたちは一生かけて少しずつ相手を知り、愛を育ててゆくことになります。愛するとは、愛を育ててゆくという決意なのです…

バイブル・エッセイ(1147)イエスと共に生きる

イエスと共に生きる 除酵祭の第一日、すなわち過越の小羊を屠る日、弟子たちがイエスに、「過越の食事をなさるのに、どこへ行って用意いたしましょうか」と言った。そこで、イエスは次のように言って、二人の弟子を使いに出された。「都へ行きなさい。すると…

こころの道しるべ(219)幸せの記憶術

幸せの記憶術 嫌な言葉はすぐ忘れるが、励ましや感謝の言葉は忘れない。何かしてあげたことはすぐ忘れるが、してもらったことは忘れない。自分の苦しみは忘れても、相手の苦しみは決して忘れない。それが、幸せに生きるための記憶術です。 『やさしさの贈り…

バイブル・エッセイ(1146)神の子として生きる

神の子として生きる 十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておかれた山に登った。そして、イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがた…

こころの道しるべ(218)そばにある幸せ

そばにある幸せ 庭の手入れや鳥の世話、豆から挽いた一杯のコーヒー。幸せは、わたしたちの身の回りの、ささやかなことの中に隠れています。大きな幸せを探しに、出かけてゆく必要はありません。すぐそばにある幸せを見つけましょう。 『やさしさの贈り物~…

バイブル・エッセイ(1145)謙虚な心に聖霊が降る

謙虚な心に聖霊が降る 「わたしが父のもとからあなたがたに遣わそうとしている弁護者、すなわち、父のもとから出る真理の霊が来るとき、その方がわたしについて証しをなさるはずである。あなたがたも、初めからわたしと一緒にいたのだから、証しをするのであ…

こころの道しるべ(217)幸いな悲しみ

幸いな悲しみ 心の苦しみを取り去る最良の薬は、誰かがその苦しみを受け止めてくれること。「この人はわたしの苦しさを理解し、わたしを助けたいと願っている」そう感じた瞬間、苦しみは相手と自分を結びつける絆となり、幸いな苦しみに変わります。 『やさ…

バイブル・エッセイ(1144)イエスと共に働く

イエスと共に働く そのとき、イエスは十一人の弟子に現れて、言われた。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受ける。信じる者には次のようなしるしが伴う。彼らはわ…

こころの道しるべ(216)整理整頓

整理整頓 思った通りにならないことばかりでストレスが溜まったときは、思った通りになることを増やしましょう。例えば、部屋を整理整頓すれば、思った通り物を取り出せるようになります。心を整理整頓すれば、苛立ちを取り除くこともできるでしょう。 『や…

バイブル・エッセイ(1143)愛の中にとどまる

愛の中にとどまる 「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。わたしが父の掟を守り、その愛にとどまっているように、あなたがたも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる。これら…

こころの道しるべ(215)祈りは愛

祈りは愛 愛する誰かが苦しんでいるのに、自分には何もしてあげられることがない。そんなとき、わたしたちはその人のために祈ります。誰かのために祈るとは、祈らずにはいられないほど、その人を愛しているということなのです。 『やさしさの贈り物~日々に…

バイブル・エッセイ(1142)イエスとつながる

イエスとつながる 「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる。わたしの話した言葉によって、…

こころの道しるべ(214)よい香り

よい香り 謙虚さは、よい香りとなって周りの人をよい気持ちにします。傲慢は、嫌な臭いとなって周りの人を不愉快にします。外見をどんなにきれいにしても、ひどい臭いがすれば台無し。心を清め、いつもよい香りを漂わせることができますように。 『やさしさ…

バイブル・エッセイ(1141)愛の響き

愛の響き 「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。羊飼いでなく、自分の羊を持たない雇い人は、狼が来るのを見ると、羊を置き去りにして逃げる。――狼は羊を奪い、また追い散らす。――彼は雇い人で、羊のことを心にかけていないからで…

こころの道しるべ(213)幸せ集め

幸せ集め 大きな幸せを見つけられないときは、小さな幸せを集めましょう。道端に咲く花の美しさ、頬をなでる風のさわやかさ、道で人とかわす挨拶のあたたかさ。そんな小さな幸せを集めてゆけば、幸せがいっぱい詰まった心で一日を終えられるでしょう。 『や…

バイブル・エッセイ(1140)「罪の赦しを得させる悔い改め」

「罪の赦しを得させる悔い改め」 (そのとき、エルサレムに戻った二人の弟子は、)道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。こういうことを話していると、イエス御自身が彼らの真ん中に立ち、「あなたがたに平和が…

こころの道しるべ(212)大切な人のために

大切な人のために つらくて挫けそうなときでも、大切な誰かの顔を思い浮かべると、心の底から力が湧き上がってきます。「あの人を守りたい」「あの人の喜ぶ顔を見たい」その思いが、あらゆる困難を乗り越える力をわたしたちに与えてくれるのです。 『やさし…

バイブル・エッセイ(1139)神のいつくしみ

神のいつくしみ その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟…

こころの道しるべ(211)幸せになる力

幸せになる力 幸せな人とは、見つける力、驚く力、感動を人と分かち合う力、与えられた恵みに感謝する力を持っている人のこと。特別なものは必要ありません。誰にでもあるそれらの力を磨くだけで、わたしたちは幸せになれるのです。 『やさしさの贈り物~日…

バイブル・エッセイ(1138)天国は心の中に

天国は心の中に 週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。そこで、シモン・ペトロのところへ、また、イエスが愛しておられたもう一人の弟子のところへ走って行って彼らに告げた。「…

バイブル・エッセイ(1137)石を転がす力

石を転がす力 安息日が終わると、マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメは、イエスに油を塗りに行くために香料を買った。そして、週の初めの日の朝ごく早く、日が出るとすぐ墓に行った。彼女たちは、「だれが墓の入り口からあの石を転がしてくれるでし…

バイブル・エッセイ(1136)成し遂げられた

成し遂げられた イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、「渇く」と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。そこには、酸いぶどう酒を満たした器が置いてあった。人々は、このぶどう酒をいっぱい含ませた海綿をヒソプに付け、イエスの口も…

バイブル・エッセイ(1135)足を洗う意味

足を洗う意味 過越祭の前のことである。イエスは、この世から父のもとへ移る御自分の時が来たことを悟り、世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた。夕食のときであった。既に悪魔は、イスカリオテのシモンの子ユダに、イエスを裏切る考えを抱かせ…

こころの道しるべ(210)伝えたいこと

伝えたいこと 「あれが最後の別れと分かっていたら」という後悔ほど、つらいものはありません。一回一回の出会いを、悔いが残らないほど大切にしましょう。謝るべきことはいま謝り、感謝すべきことはいま感謝し、伝えたい愛はいま伝えられますように。 『や…

バイブル・エッセイ(1134)十字架と復活の神秘

十字架と復活の神秘 さて、祭りのとき礼拝するためにエルサレムに上って来た人々の中に、何人かのギリシア人がいた。彼らは、ガリラヤのベトサイダ出身のフィリポのもとへ来て、「お願いです。イエスにお目にかかりたいのです」と頼んだ。フィリポは行ってア…

こころの道しるべ(209)幸せの感受性

幸せの感受性 家族や仲間の思いやりに気づいて感謝する心があれば、道端に咲く花や木々の美しさに気づいて感動する心があれば、わたしたちはいつでも幸せになれます。幸せは、手に入れるものではなく、むしろ感じとるもの。「幸せの感受性」を磨きましょう。…

バイブル・エッセイ(1133)愛を証しする

愛を証しする 「モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない。それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命…

こころの道しるべ(208)命の答え

命の答え 自分の力で生きているのではなく、命の力によって生かされているわたしたち。「何のために生きているのか」と自分に問いかけ、答えが見つからないときは、「何のために生かされているのか」と命に問いかけましょう。命には、必ず答えがあります。 …