フォト・エッセイ(112) 仰木の棚田②


 どこまでも続く棚田に感動しているうちに、30分くらい歩いてしまった。だが目指す棚田桜はどこにも見えない。さすがにおかしいと思って一度、仰木の集落まで引き返し、別のルートで挑戦することにした。幅2mくらいの農道を、今度は迷わないようにと思って注意深く歩いて行った。途中、家の軒先で農具を手入れしているお百姓さんや田んぼから帰ってくるお百姓さんにあいさつした。
 農道をしばらく歩いていくと、さっき迷って出た場所にまた戻ってしまった。なんのことはない、さっきも正しい道を歩いていたのだが、棚田桜に上がっていく細い農道に気づかなかったのだ。農道を上がっていくと、濃い緑色の葉をたくさんつけた棚田桜が見えてきた。桜の手前には、馬蹄形の棚田もある。田んぼでは、お百姓さんの夫婦が今まさに田植えの真っ最中だった。その姿を見ながらわたしは棚田桜の日陰に腰を下ろし、お弁当を食べることにした。
 棚田桜から見る風景を、なんと形容したらいいだろう。こんな景色を日本の他の場所では見たことがない。曲がりくねった丘陵地の斜面にそって、何段にも棚田が造られている。一つ一つの棚田は、湾曲に合わせてそれぞれ形も大きさも違う。まるで田んぼのパッチワークだ。はるかかなたには、琵琶湖の湖面も見えている。一杯に水を湛えた田んぼの水面を吹きわたってくる風が肌に心地いい。思わず、大きな深呼吸をした。
 腰をかがめて田植えをするお百姓さんたちの姿を見ながら、「人と自然がともに生きる」というのはこういうことなんだなと思った。大きな機械で自然を破壊して富を収奪するのではなく、自然から与えられた条件を人間の力で最大限に活用し、生きるために必要なだけの糧を得ていく。この土地の人々は、何百年にもわたってそんな生き方を続けてきたのだろう。







※写真の解説…1枚目、田植えの風景。棚田桜のすぐ下の田んぼにて。2枚目、馬蹄形の棚田。3枚目、あぜ道に咲いたアザミの花。4枚目、棚田桜。