カルカッタ報告(52)8月27日フーグリー川


 ネタジ室内競技場を通り過ぎると、前方に沐浴場の建物が見えてきた。川沿いに立っている建物や木にさえぎられて水面はまだ見えないが、あの建物の向こう側に川が流れていることは間違いがない。
 インドを代表する大河、ガンジス川下流でいくつかの川に別れてベンガル湾に流れ込む。それらの川の1つがカルカッタを流れるフーグリー川だ。ガンジス川と基本的には同じ川だと思って間違いないだろう。名前は違っても、流れている水はまぎれもなく聖なる大河ガンジスの水だ。
 ガンジス川沿いにはあちこちに沐浴場がある。ヒンドゥー教は沐浴場を中心に発達したと言われるくらい、ヒンドゥー教徒にとって沐浴場は大切な場所だからだ。特に聖なる大河ガンジスの水での沐浴は、死後、人を輪廻転生の苦しみから解放する力があると信じられている。カルカッタ市内にも、たくさんの沐浴場があり、それぞれ「○○ガート」という名前で呼ばれている。「ガート」というのは沐浴場という意味だ。
 大きなガートの入口には休憩所のような建物が設けられていて、そこから階段のように整備された川岸が水面まで続いている。わたしたちが行った沐浴場もそのような構造だった。建物を通り抜けると、突然わたしたちの視界一杯に薄茶色い水の流れが飛び込んできた。ガンジス川との感動の対面だ。
 沐浴場では、沖合に停泊中の船を足場にして子どもたちが水泳に興じていた。水辺には服を着たまま沐浴している女性たちもいたし、裸になって石鹸で身体を洗ってい男性もいた。わたしも身をかがめて川の水に触れてみたが、ややぬくもりのある水だった。ヒマラヤからここまで流れ下ってくるあいだに、降り注ぐ太陽の熱をたっぷりと蓄えたのだろう。
 わたしたちが感慨深く川面を眺めていると、上はワイシャツ下はルンギーという極めて一般的なインド男性の服装をした紳士が、手に金属製の小さな壺を持って階段を下りてきた。彼はわたしたちの見ている傍でワイシャツを脱ぎ、上半身裸で水の中に入って行くと、手に持った壺で川の水を頭からかぶり始めた。沐浴の際、ヒンドゥー教徒たちは必ず金属製の小さな壺で水をすくって身体にかける。手でかけることはない。なぜかは知らないが、そういうことになっているようだ。
 壺の水で全身が濡れると、その紳士は次に頭まで水に潜った。潜っては顔を出し、潜っては顔を出しということを、何回も続けている。聖なる川の水で、全身を入念に清めているのだろう。思いがけず本格的な沐浴を目撃して、わたしたちは改めてこの川がインドの人々にとってどれほど大切なものであるのかを知った。
※写真の解説…フーグリー川で沐浴する男性。