カルカッタ報告(34)8月26日ニュー・マーケット③


 昨日からインド料理が続いているので、晩御飯は普通の洋食が食べられるお店に行くことにした。サダル・ストリートの端の方に、フェアローン・ホテルとリトン・ホテルという2件の名門ホテルが並んでいるので、そのうちのリトン・ホテルのレストランに入った。高級なレストランではあるが、それでも価格は日本の半分以下だ。昔、長期でいた頃はときどきここに贅沢をしにきたものだ。ここなら食当たりの心配もないし、安心して食べることができる。
 インド料理はときどき食べると、とてもおいしい。だが、かなり脂っこい上に香辛料がたっぷり入っているので、何回か続けて食べるとだんだん胃が受け付けなくなってくる。特に、お腹を壊したりして胃腸が弱っているときには、食べるものがなくて本当に困った。中華料理のレストランもあるが、中華料理も十分に脂っこいので食べるものがとても限られてしまう。そんなとき、少し値段は高いが普通の洋食が食べられるこの辺りのレストランに助けられたものだ。
 食卓を囲んで、今日一日の体験を分かち合った。それぞれの施設でのボランティア体験を聴くことで、マザー・テレサと「神の愛の宣教者会」の活動についてより深い理解が得られるだろうと思ったからだ。みなそれぞれに、自分が体験した感動を生き生きと話してくれた。
 今回の参加者のうち最高齢の柾木さん(68歳)は、ダヤ・ダンでの若者たちの活躍ぶりに驚いたと言っていた。日本にいると大学生くらいの若者たちのだらしないところばかりが目に付くが、夏休みにわざわざこんなところにまで来て貧しい子どもたちのために一生懸命働いている姿を見て本当に感動したとのことだった。
 ある大学の教員をしている女性は、これほどまでに人々から直接に自分の助けを求められたことはないと言って喜んでいた。日本ではどちらかというと学生たちから敬遠されているが、今日半日過ごしたダヤ・ダンではみんなが自分を本当に必要としてくれた。自分を必要としてくれる場所とようやく出会えたと、彼女はうれしそうに話していた。みんなに頼られながら、子育ての体験をフルに生かして障害を負った子どもたちのために働くことができて本当にうれしかったようだ。「日本の仕事を辞めて、ここで働こうかしら」とさえ思ったという。
 シシュ・ババンで働いた2人の女性は、子どもたちの笑顔があまりにもかわいらしいと口をそろえて言っていた。彼女たちはシシュ・ババンでも特に障害を負った乳幼児の世話をする部署に割り振られたそうだが、きらきらした大きな瞳で彼女たちを見つめて微笑む子どもたちの笑顔にすっかり魅了されてしまったようだった。見よう見まねで、子どもたちのリハビリの手伝いもしたそうだ。
 わたし自身は、今日の体験の中で一番感動したのはヘンリー師との再会だった。「教会の中で、その人格においてイエス・キリストの役割を果たすのは司祭だけだ」というヘンリー師の言葉は、まるでマザーから言われたようにも感じられる。マザーが求めていた「聖なる司祭」というのは、まさにイエス・キリストの役割を生きる司祭のことだろう。「死を待つ人の家」で働いているあいだもその言葉が頭から離れず、やせ細った患者さんたちを前にして、わたしはこの人たちにイエス・キリストの愛をほんのわずかでも伝えることができているのかと何回も自問せざるを得なかった。ヘンリー師の言葉は、一生の宿題として脳裏に刻み、絶えず自分に問いかけていくべき言葉だと思う。
 食事を終えた後、タクシーに分乗してホテルに帰った。明日は6時のミサのあと、バスでカルカッタの郊外にあるハンセン氏病患者さんたちの施設に行くことになっている。はたしてどんな出会いや再会が待っているのか、とても楽しみだ。
カルカッタでの2日目の終了です。次回からは3日目、8月27日の出来事に移っていきます。どうぞ、皆さんの感想や御意見をお寄せください。
※写真の解説…市場の人ごみ。「エアー・コンディション・マーケット」の前にて。