バイブル・エッセイ(1018)愛の大河

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愛の大河

 そのとき、イエスはオリーブ山へ行かれた。朝早く、再び神殿の境内に入られると、民衆が皆、御自分のところにやって来たので、座って教え始められた。そこへ、律法学者たちやファリサイ派の人々が、姦通の現場で捕らえられた女を連れて来て、真ん中に立たせ、イエスに言った。「先生、この女は姦通をしているときに捕まりました。こういう女は石で打ち殺せと、モーセは律法の中で命じています。ところで、あなたはどうお考えになりますか。」イエスを試して、訴える口実を得るために、こう言ったのである。イエスはかがみ込み、指で地面に何か書き始められた。しかし、彼らがしつこく問い続けるので、イエスは身を起こして言われた。「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」そしてまた、身をかがめて地面に書き続けられた。これを聞いた者は、年長者から始まって、一人また一人と、立ち去ってしまい、イエスひとりと、真ん中にいた女が残った。イエスは、身を起こして言われた。「婦人よ、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罪に定めなかったのか。」女が、「主よ、だれも」と言うと、イエスは言われた。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない。」(ヨハネ8:1-11)

 姦通の罪を犯した女性に、イエスは「わたしもあなたを罪に定めない」と言いました。「罪を犯したことがない者が石を投げなさい」ということであれば、集まっている人の中でイエスだけには石を投げる資格があったはずです。しかし、そのイエスも女性に石を投げませんでした。この女性は、確かにゆるされたのです。

 イザヤ書は「昔のことを思いめぐらすな。見よ、新しいことをわたしは行う」という神の言葉を伝えています。神から大きな恵みが与えられ、すべてが新しくなる。だから、これまでのことは気にする必要がないというのです。新しいこととは、「荒れ野に水を、砂漠に大河を流れさせる」ということです。神が注いでくださる水は神の愛であり、流れさせる大河とは、愛の大河だと考えたらよいでしょう。愛の大河が心を流れるとき、その人の心は豊かにうるおされ、よいものをたわわに実らせる肥沃な大地に変わるのです。

 これがまさに、姦通の罪を犯した女性に起こったことだと思います。イエスと出会い、ゆるされるはずのない罪をゆるされたとき、女性の心に、神の愛が豊かに注がれました。その愛は大河となって彼女の心をうるおし、これからの彼女の人生を、これまでとはまったく違ったものにするに違いありません。

 刑務所で教誨師をしていると、同じような出来事をよく目にします。罪を犯して刑務所に入って来た人たちが、刑務所の職員たちの親身な世話を受けて新しい人間に生まれ変わっていくということです。

 わたしが知っている限り、受刑者の中には、それまでの人生であまり人から大切にされたり、愛されたりした経験がない人が多いようです。親から虐待されたり、恋人から暴力を振るわれたりして、心が荒み、「自分なんかどうなってもいい」と思い込んでしまっている人もいます。熱血漢が多い刑務官たちは、そんな人たちを何とか更生させたい、これまで気の毒な人生を送って来た彼らを、何とか幸せにしてあげたいという一心で彼らに関わります。出所してから役立つような資格を取らせてあげたり、カウンセリングをしたり、それこそできる限りのことをして支援するのです。受刑者の中には、「これまで、わたしのことを邪魔者扱いする人ばかりだった。誰かから親身にかかわってもらったのは、生まれて初めてだ」という人さえいます。このような出会いを通して、荒れ果てた彼ら、彼女たちの心の中に、愛の川が流れ始めるのです。そのとき、受刑者たちは変わり始めます。愛でうるおされた彼らの心で、これまで眠っていたよいものの種が芽を出し始めるのです。

 関わる相手は、刑務官だけでなく、改めて向かい合った家族や教誨師の場合もあります。いずれにしても、愛が注がれることによって、彼らの心に大きな変化が生まれるのです。荒み切った人間の心を変えることができるのは、人々を通して注がれる愛の大河だけなのです。

 まず何より大切なのは、わたしたちの心に愛の川が流れていることでしょう。もし豊かな愛の大河が流れているなら、その流れの水を、人に分け与えることさえできるはずだからです。すべてを新しくしてくださる神の愛に信頼し、神の愛に潤された豊かな心を持つことができるよう祈りましょう。

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