《「世界人権宣言」採択60周年記念》

 今日12月10日、日本のカトリック司教団は国連による「世界人権宣言」採択の60周年を記念して「すべての人の人権を大切に」というメッセージを発表しました。1人でも多くの方の目に触れるようにとのことですので、このブログでも紹介させていただこうと思います。
 教会は、誰よりもまず「小さくされた人々」のために存在するものだとわたしも確信しています。なぜなら、イエス・キリストは社会から虐げられ、価値がないと見なされている人々に「それは違う、あなたたちこそ神様の大切な子どもなのだ」と告げられた方だからです。それこそ、まさに福音の核心でしょう。すべての人が、人間であるというだけで大切にされ、尊敬され、愛される世界が実現することを心から願っています。

司教団メッセージ
「すべての人の人権を大切に」
日本の教会の兄弟姉妹の皆さんへ
はじめに

 1948 年12 月10 日、第3 回国際連合総会は二度にわたる世界大戦においておびただしい尊い人命が奪われたことを反省し、世界人権宣言(注1) を採択しました。この宣言により一人ひとりの人と全ての民族の権利を等しく尊重することこそ、平和の基礎であることが確認されたのです。しかし宣言が採択されてから60 年を経た今もなお、国内外で人権が侵害されています。この実状に目を向け、日本カトリック司教団は、世界人権宣言の普遍的価値を再確認するとともに、あらためて人権の尊重を基盤とした社会の構築をめざすよう呼びかけます。
すべての人を大切に
 世界人権宣言第1条は「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」(注2) と述べています。これは、世界のすべての人が誰一人として例外なく、かけがえのない人間であるという宣言です。わたしたちは聖書の教え(注3)によって、すべての人は神の似姿として造られたものであり、「人間の尊厳は人間社会がつくりだしたものではなく、神によって与えられたもので、その尊厳に基づく権利は誰も侵してはならない普遍的な権利であると信じているのです」(注4)。
人権は新たな危機的局面を迎えています
 しかし、世界人権宣言から60 年、人権の擁護と促進のために多くの人が努力したにもかかわらず、人権が侵害される事件は後を絶たないばかりか、その背景となる問題は深刻化し、わたしたち人類は世界的規模でこれまでにない新たな事態に直面しています。「もともとすべての人に公平に配分されるはずの生活手段とそこから得られるさまざまな利益の不平等な配分」(注5) により、格差が広がっています(注6)。現代世界に蔓延している市場原理主義的価値観は、共通善の促進より利益追求を優先する結果、この格差をいっそう広げ、人権侵害を構造的なものにしています。この市場原理主義は環境問題にも深刻な影響を及ぼしています。気候変動に伴う旱ばつや水害(注7) ばかりでなく、燃料や食糧価格の急騰(注8)、水資源の民営化(注9)などがこれまでになく広い範囲の人びと、中でも貧しい人たちにいっそうの打撃を与えています。
 このまま何の対策もたてることなくこの事態を見過ごすならば、生存の危機に陥る貧困層が拡大するのは目に見えています。もし、個人、企業、国家が利益追求だけに走り続けるならば、人間の尊厳は踏みにじられ、一層暴力的で歪められた世界に陥っていきます。そこでは「人間の尊厳が蹂躙された結果、悲惨と絶望のうちにある犠牲者は容易に暴力に訴える誘惑に駆られ、犠牲者が平和の破壊者となる」(注10) こともあるのです。一刻も早くこれらの状況を変えなくてはなりません。もはや猶予はないのです。
 わたしたちは、「個人の利益追求によって支配される世界ではなく、全人類の共通善に対する心づかいによって支配される別の世界」(注11) を求めていきたいのです。そのためには世界がすでに共有しているはずの大切な基準、すなわち世界人権宣言を今一度確認し、あらゆる分野で具体的に実現していくことが必要です。
人権の擁護と促進への取り組み
 一人の人に対する人権侵害は人類全体に対する侵害です(注12)。 前教皇ヨハネ・パウロ二世はこう言われました。「自分たち自身が全力を傾けないかぎり、いかなる人権も決して守ることができないということだけは強調しておきたいと思います。何らかの基本的人権が侵害されたとき、何の対応もせずに受け流すなら、他のすべての人権が危機に陥ります。ですから、人権問題については世界的な取り組みを行い、人権擁護のために真剣に責任をもってかかわらなくてはなりません」(注13)。
 さらに人権擁護の責任は個人のみならず、国家にも国際社会にもあります。教皇ベネディクト十六世は国家の責任に言及し言われます。「すべての国家は、自国民を、人権の深刻かつ度重なる侵害から守ると同時に、自然を原因とするものであれ、人間の行動が引き起こすものであれ、人道的な危機の結果から守るための本質的な務めを有します」(注14)。
 今日の危機的局面を打開するためには、そのすべての要因を一つ一つ根気強く取り除いていく必要があります。そのためにわたしたちは、貧しく弱い立場に追いやられ、大切な人間関係を断たれてしまっている人々、人間らしい生活が損なわれ、あるいは妨げられている人々の側に立って、この世界を見ていかなければなりません。この小さくされた人の視点が欠けているとすれば、たとえ悪意がないとしても、それは「ある程度の人権侵害はやむを得ない」とする側に立つことになってしまい、人権問題の解決にはつながりません。
 皆さん、すべての人が主体的に生き、人間の尊厳にふさわしい生活をおくり、人との絆を回復できる社会を実現するために、あらゆる機会を通して祈り働きかけていきましょう。「人権の促進は、人類愛に導かれた務め」(注15)であり、「諸国間、社会集団間の格差をなくし、安全保障を強化するためのもっとも有効な戦略」(注16)なのですから。そして 「人間の尊厳と人権の問題を不可分のものとして尊重していくとき、個人と社会双方の善は間違いなく促進」(注17) されるでしょう。
2008 年12 月10 日 世界人権宣言60 周年にあたって
日本カトリック司教団

<注>
1. 正式名称は”Universal Declaration of Human Rights”=「人権に関する世界宣言」
2. 「人権に関する世界宣言」第一条 参照
3. 創世記1・27「神はご自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された」。
創世記2・7「主なる神は土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」。
詩編8・5-6「人の子は何ものなのでしょう/あなたが顧みてくださるとは。神にわずかに劣るものとして人を造り,,,」
4. 司教団戦後60 年平和メッセージ「非暴力による平和への道 ~今こそ預言者としての役割を~」(2005 年カトリック平和旬間) 参照
5. ヨハネ・パウロ二世・回勅「真の開発とは」n.9 (1987 年12 月30 日) 参照
6. 国連経済社会理事会/世界社会情勢報告2005「不平等が生み出す苦境」 参照 http://www.unic.or.jp/new/pr05-074-J.htm
7. 同 2007/2008 年版 「気候変動との戦い-分断された世界で試される人類の団結」 参照
http://www.undp.or.jp/hdr/pdf/release/2007-2008.pdf
8. 国際連合食糧農業機関/世界食糧情報早期警報システム 参照 (FAO Global Information and Early Warning System Homepage, Regional
Food Price Update. http://www.fao.org/giews/english/ewi/cerealrprice/4.htm
9. 国際連合開発計画/人間開発報告書2006 年版「水危機神話を越えて:水資源をめぐる権力闘争と貧困、グローバルな課題」 参照
http://www.undp.or.jp/publications/pdf/undp_hdr2006.pdf 水道サービスの民営化が世界規模でかなりの速度で進んでおり、人間開発報
告書2006 年版が指摘しているように、「貧困層の圧倒的多数がすでに民間市場で水を購入している・・・。このような市場では、不安定な品
質の水が高額で取り引きされている」
10. ベネディクト十六世「国連での演説」(2008 年4 月18 日) 参照
11. ヨハネ・パウロ二世・回勅「真の開発とは」n.10 (1987 年12 月30 日) 参照
12. 同・「世界平和の日メッセージ」 (2000 年) 「一件の人権侵害は全人類の良心に対する侵害であり、人類全体に対する侵害に他ならない」
参照
13. 同・(1999 年)
14. ベネディクト十六世「国連での演説」 (2008 年4 月18 日)
15. ヨハネ・パウロ二世「世界平和の日メッセージ」 (1998 年) 参照
16. ベネディクト十六世「国連での演説」 (2008 年4 月18 日)
17. ヨハネ・パウロ二世「世界平和の日メッセージ」 (1999 年) 参照