フォト・エッセイ(72) 新春の神戸①


 六甲教会から三宮まで、新春の神戸の街を歩いてみた。生田神社まで行ったのだが、教会から歩くと1時間ちょっとの距離だった。途中で、護国神社北野天満宮にも立ち寄った。雨が降ったり太陽が出たり、ほとんど30分ごとに天気が変化するような日だったが、なんとか無事に生田神社までたどり着くことができた。
 新春の神戸の街は、どこか空気がいつもと違うような気がした。風の冷たさが、いつもと違った種類の厳しさを帯びているような気がした。新年を迎えて、街全体が襟を正しているようだった。神社の近くでは、初詣に向かう人たちの姿も見かけた。
 護国神社で、孫の手を引きながら神社の参道を上がっていくお婆さんの姿を見たとき、何かとても懐かしくて温かい感情がこみあげてきた。もう30年以上も前のことになるが、わたしもああして毎年祖母に手を引かれながら近所の神社に初詣に行っていた。そのときの記憶がふいによみがえってきたのだと思う。わたしはその神社が経営する幼稚園に通っていたので、毎日神社にはお参りしていた。だが、お囃子の音が響き、甘酒がふるまわれている新年の境内の様子は普段とまったく違って見えた。幼い頃のわたしは、冷たさの中に人々の喜びや悲しみ、そして新年への期待が入り混じっている神社の空気を吸い込みながら祖母と一緒に祈ることで新しい年を始めていたのだった。
 今でも、正月には襟を正して祈りたくなるし、みんなが一緒に祈っている場所に行きたくなる。あの頃の体験の一つ一つが、今のわたしの神様に対する態度に大きな影響を与えているようだ。







※写真の解説…1枚目、海へと流れ下る六甲川。2枚目、北野天満宮の参道。3枚目、北野天満宮の展望台から見た神戸の街。4枚目、合格祈願のお祓い。