フォト・エッセイ(127) 生田川上流③


 大都市から歩いて1時間あまりのところにこれだけ豊かな自然が広がっているのには、ただ驚くばかりだった。神戸の人たちにとって六甲山は裏山のようなところで、昔から慣れ親しんでいるから改めて驚いたりしないのかもしれないが、よそ者であるわたしにとっては新鮮な驚き以外のなにものでもない。
 そうやって歩いていくうちに、2時間ほどで森林植物園の東門にたどり着いた。登山者たちだけのために開かれた、山の中の門だ。そのまま入ろうかとも思ったが、このまま水辺を離れるのもおしいような気がしたので、徳川道に入り、穂高湖から森林植物園まで歩くときにいつも一休みする桜谷道出合いの渡渉点まで歩くことにした。30分ほどの道のりだが、わたしの意見では徳川道の中で最も景色がよく、歩きやすい区間だ。
 木漏れ日が差し込む杉木立を抜け、大きな堰堤の脇を2箇所通り、夏草の生い茂る林を抜けると目指す渡渉点に出た。汗をぬぐいながら岩に腰掛けると、渓流のせせらぎの音に混じって、まわり中からさまざまな鳥たちの鳴き声が聞こえてくる。水面を吹き抜けてくるさわやかな風が、体にこもった熱をさましていった。今回も、その場所でお弁当を広げることにした。
 お弁当のおにぎりを食べ終わると急に眠くなってきたので、そのまま岩の上に横たわって寝ることにした。岩の冷たさも、山登りでほてった体には心地よく感じられた。そのまま1時間あまり眠ってしまった。目を覚ますと、頭のすぐ近くにイトトンボが止まってわたしをじっと見ていた。
 2時過ぎに森林植物園に入ったが、残念ながらアジサイは午後の強烈な日差しの中で干からびかけていた。元気なのは日陰に咲く一部のアジサイと、アナベルという西洋種のアジサイだけだった。
 六甲山の自然と、その中に生きる生命に圧倒された1日だった。これほど豊かな生命の環の中に生かされている恵みを、心から感謝せずにはいられない。







※写真の解説…1、2枚目、生田川上流の風景。3枚目、徳川道にて。4枚目、アナベルという品種のアジサイ。森林植物園にて。