フォト・エッセイ(88) 岡本から有馬へ②


 岡本梅林から、黒谷と呼ばれる谷沿いの薄暗い道に入って行った。谷の入口辺りに一対の大きな地蔵が立てられており、まるで異界への入口のようだった。平日で他に人もいないし、あたりは静まり返っている。少し気味が悪かったが、どんどん先に進んでいった。まるで、『千と千尋』の世界に迷い込んでいくようだった。しばらく行くと大きな祠があり、山の神が祭られていた。道の途中、何ヵ所かに地蔵が立っていた。
 谷を抜けて打越峠に出ると、少し日当たりがよくなってきた。峠を越えて住吉道に合流し、川沿いの道を六甲山最高峰めざしてどんどん登って行った。六甲山というのはいくつかの峰の集合なので、山頂というものがない。一番高いところは最高峰と呼ばれ、そこに三角点が置かれている。最高峰に登るのは、今回が2回目だった。前回は、神戸に来たばかりのときに芦屋のロックガーデンから風吹岩、雨ヶ峠を経て登った。前回の道に比べれば、岩場がないぶん楽な道だった。だが、それでも最後の七曲りと呼ばれる急な山道では疲れた。最高峰まで、七曲りどころか十数回も蛇行しながら道がうねうねと続いている。何回曲がっても着かないので、だんだんあせりも出てくる。
 ようやく最高峰に着いたときには、もう1時を過ぎていた。岡本梅林を出て、3時間以上歩いていたことになる。最高峰の木々は、先日降ったみぞれが凍りついて白くなっていた。まるで樹氷のようできれいだったが、それにしても寒かった。急いでお弁当を食べて、有馬温泉を目指すことにした。下りる前に最高峰に置かれた三角点の票を読むと、六甲山は阪神大震災のときに前より12センチ高くなったと書いてあった。これだけ巨大な山塊が隆起するために、いったいどれほど巨大な力がかかったことだろう。
 最高峰から有馬までは、あっと言うまだった。有馬は標高500mほどのところにあるので、標高931mの最高峰からだとすぐに着いてしまうのだ。緩やかで日当たりのよい、とても気持ちのいい下り道だったので、足取りも軽かった。有馬稲荷神社の境内の裏手から街に入ると、すぐ左手に「かんぽの宿」がある。日帰り入浴が可能な施設なので、山登り客にはとても便利だ。わたしは今回初めて入ったが、有馬の代表的な日帰り入浴施設である「金の湯」、「銀の湯」よりも空いていて気持ちがよかった。黄土色に濁った有馬の湯に手足を伸ばしてのんびりつかっているうちに、山登りの疲れだけでなく1週間分の心と体の疲れも癒されていくようだった。よく歩いた1日だった。







※写真の解説…1枚目、六甲山最高峰からの景色。2枚目、有馬に向かう住吉道。3枚目、霜柱。4枚目、夕暮れ時の有馬温泉