バイブル・エッセイ(1104)ゆるすからこそ、ゆるされる

ゆるすからこそ、ゆるされる

 そのとき、ペトロがイエスのところに来て言った。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」イエスは言われた。「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。そこで、天の国は次のようにたとえられる。ある王が、家来たちに貸した金の決済をしようとした。決済し始めたところ、一万タラントン借金している家来が、王の前に連れて来られた。しかし、返済できなかったので、主君はこの家来に、自分も妻も子も、また持ち物も全部売って返済するように命じた。家来はひれ伏し、『どうか待ってください。きっと全部お返しします』としきりに願った。その家来の主君は憐れに思って、彼を赦し、その借金を帳消しにしてやった。ところが、この家来は外に出て、自分に百デナリオンの借金をしている仲間に出会うと、捕まえて首を絞め、『借金を返せ』と言った。仲間はひれ伏して、『どうか待ってくれ。返すから』としきりに頼んだ。しかし、承知せず、その仲間を引っぱって行き、借金を返すまでと牢に入れた。仲間たちは、事の次第を見て非常に心を痛め、主君の前に出て事件を残らず告げた。そこで、主君はその家来を呼びつけて言った。『不届きな家来だ。お前が頼んだから、借金を全部帳消しにしてやったのだ。わたしがお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか。』そして、主君は怒って、借金をすっかり返済するまでと、家来を牢役人に引き渡した。あなたがたの一人一人が、心から兄弟を赦さないなら、わたしの天の父もあなたがたに同じようになさるであろう。」(マタイ18:21-35)

 「わたしがお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか。」主人は、そういって、自分はゆるしてもらったのに仲間をゆるそうとしない恩知らずな家来を牢獄に閉じ込めてしまいました。自分と同じような弱さを持った誰かをゆるすことができないなら、自分もゆるされることはできないということでしょう。もし主人から、すなわち神さまから本当にゆるしてもらいたいなら、わたしたちはゆるす必要があるのです。
 シラ書は、同じことを、「弱い人間にすぎない者が、憤りを抱き続けるならば、いったいだれが彼の罪を赦すことができようか」と表現しています。「あいつはけしからん」といって誰かに怒りの炎を燃やしている限り、その人は決してゆるされることがない。ゆるされて神さまの愛に立ち返り、神さまの愛の中で幸せに暮らすことはできない、というのです。それは、ある意味で当然のことでしょう。自分も相手も、同じように弱い人間だと気づき、相手をゆるすことができたとき、わたしたちは神さまの愛に立ち返り、神さまの愛の中で幸せに暮らすことができるのです。わたしたちは、隣人をゆるすことによってのみ、神さまからゆるされることができるのです。
 たとえ話では、主人が、「借金をすっかり返済するまでと、家来を牢役人に引き渡した」と書かれていますが、むしろ、自分を牢獄に閉じ込めてしまったのは、仲間をゆるさなかった家来自身だといってよいでしょう。せっかく神さまが罪をゆるし、ご自分の愛の中に招いてくださったのに、ゆるされたことを忘れて誰かに腹を立てるなら、その瞬間にわたしたちは神の愛、神のゆるしから遠ざかり、自分で自分を、怒りや憎しみという牢獄に閉じ込めてしまうのです。
 このようなことは、わたしたちも毎日のように体験していることではないでしょうか。せっかく神さまからゆるしてもらい、神さまの愛の中で、みんなと仲よく暮らしているのに、ちょっとしたことで腹を立て、誰かに対して当たり散らす。そうすることで、せっかくいただいたゆるしの恵みから遠ざかり、自分で自分を怒りや憎しみの牢獄に閉じ込めてしまう。そんなことがよくあるのです。どうしたら牢獄から出られるかといえば、自分自身の愚かさに気づいて、相手をゆるす以外にありません。わたしたちは、ゆるすことによってのみ、ゆるしの恵みの中にとどまり続けることができる、神さまから本当にゆるされることができるのです。
 自分自身の弱さを知り、相手をゆるすことのできる者だけが、神のゆるし、神の愛にとどまって幸せに生きることができる。そのことをしっかり胸に刻み、誰かに対して腹が立ったときには、「いま自分は、自分自身の弱さを忘れていないか。神さまからゆるされたことを忘れて、思い上がっていないか」と自分に問いかけるようにしたいと思います。お互い弱い人間同士。ゆるしあうことで、神のゆるし、神の愛の中にとどまり続けることができるように、心を合わせて祈りましょう。

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