バイブル・エッセイ(1135)足を洗う意味

足を洗う意味

 過越祭の前のことである。イエスは、この世から父のもとへ移る御自分の時が来たことを悟り、世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた。夕食のときであった。既に悪魔は、イスカリオテのシモンの子ユダに、イエスを裏切る考えを抱かせていた。イエスは、父がすべてを御自分の手にゆだねられたこと、また、御自分が神のもとから来て、神のもとに帰ろうとしていることを悟り、食事の席から立ち上がって上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。それから、たらいに水をくんで弟子たちの足を洗い、腰にまとった手ぬぐいでふき始められた。シモン・ペトロのところに来ると、ペトロは、「主よ、あなたがわたしの足を洗ってくださるのですか」と言った。イエスは答えて、「わたしのしていることは、今あなたには分かるまいが、後で、分かるようになる」と言われた。ペトロが、「わたしの足など、決して洗わないでください」と言うと、イエスは、「もしわたしがあなたを洗わないなら、あなたはわたしと何のかかわりもないことになる」と答えられた。そこでシモン・ペトロが言った。「主よ、足だけでなく、手も頭も。」イエスは言われた。「既に体を洗った者は、全身清いのだから、足だけ洗えばよい。あなたがたは清いのだが、皆が清いわけではない。」イエスは、御自分を裏切ろうとしている者がだれであるかを知っておられた。それで、「皆が清いわけではない」と言われたのである。さて、イエスは、弟子たちの足を洗ってしまうと、上着を着て、再び席に着いて言われた。「わたしがあなたがたにしたことが分かるか。あなたがたは、わたしを『先生』とか『主』とか呼ぶ。そのように言うのは正しい。わたしはそうである。ところで、主であり、師であるわたしがあなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない。わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、模範を示したのである。」(ヨハネ13:1-15)

 なぜ足を洗うのですかと尋ねたペトロに、イエスは「わたしのしていることは、今あなたには分かるまいが、後で、分かるようになる」と答えました。いまはわからなくても、十字架と復活の出来事の後で必ずわかるようになる。いまはただ、わたしにあなたの足を洗わせてくださいということでしょう。
 ペトロはなぜ、イエスが弟子たちの足を洗うのを見て疑問に思ったのでしょうか。それは、ペトロがまだ「身分の低い人が偉い人に仕える。それが当たり前」と考えていたからでしょう。そのことは、ペトロたちがいつも、「自分たちの中で誰が一番偉いか」と言い争っていたことからわかります。弟子たちは、最後の晩餐の席でさえ、自分たちの中で誰が一番偉いかと言い争っていたのです。弟子たちはまだ、「自分こそイエスの一番弟子だ。自分が一番偉い。他の弟子たちは、わたしを尊敬し、わたしに仕えるべきだ」と考えていたのです。だからこそ、一番偉いはずのイエスが自分たちの足を洗うのを見て驚いたのだと思います。
 弟子たちのこのような考え方は、十字架と復活の出来事を通して根底から覆されます。イエスがローマの兵士たちに捕らえられたとき、弟子たちはみな怖くなり、自分の命惜しさに逃げ出してしまいました。そのとき弟子たちは、自分がイエスの弟子と呼ばれるに値しない者、誰よりも弱く、意気地のない者だと思い知らされたのです。しかし、復活したイエスは、そんな弟子たちをゆるし、大きな愛で包み込みました。イエスは弟子たちに、「あなたたちはわたしを裏切った。しかし、それでもわたしはあなたたちを信じ、あなたたちを愛している」とやさしく呼びかけたのです。そのとき、弟子たちの心は変わりました。自分の弱さを知り、神の愛の偉大さを知ったとき、弟子たちの心は傲慢の罪から清められ、柔和で謙虚なものになったのです。イエスの愛で心を満たされた弟子たちは、自分たちと同じように弱い人、罪の中で苦しみ助けを求めている人を見たら、その人に助けの手を差し伸べずにはいられない人、困っている人たちに奉仕せずにはいられない人になったのです。
 「わたしのしていることは、今あなたには分かるまいが、後で、分かるようになる」とイエスがいったのは、十字架と復活の出来事を通して弟子たちがこのような体験をするとわかっていたからでしょう。十字架と復活の出来事によって、弟子たちは傲慢な心を打ち砕かれ、互いに奉仕する者、奉仕せずにはいられない者に変えられていったのです。
 イエスは、「人の子は仕えられるためではなく仕えるために来た」「多くの人のために自分の命を献げるために来た」ともいっておられます。もしわたしたちのあいだに、まだ互いに自分の知恵や力、経験などを誇って互いに競いあう心があるなら、いまこのとき、弟子たちの足を洗ったイエスの姿をもう一度しっかり心に刻みたいと思います。自分の弱さを知り、いつも謙虚な心で互いに仕えあうことができるよう、心を合わせてお祈りしましょう。

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