フォト・エッセイ(49) 六甲山から有馬へ①


 昨日は、六甲山から有馬に抜ける道を初めて歩いた。前から一度歩いてみたかったコースだったが、なかなか機会がなかった。水曜日の晩、紅葉情報で有馬温泉の紅葉が見ごろを迎えていることを知り「よし、行くなら今だ」ということになった。
 まず六甲ケーブル駅までバスで行き、そこから油コブシ経由で山頂まで登った。麓では桜が色づいている程度でモミジはまだだったが、油コブシを越えたあたりで1本、真っ赤に紅葉したモミジを見つけた。そのあと山頂に近付くにしたがって、色づいた木々の数がどんどん増えていった。山頂は、今まさに紅葉がピークを迎えようとしているところだった。山頂からは紅葉谷道を通って有馬に下った。紅葉谷道は、道にそって広葉樹がたくさん生えており、名前通り紅葉がきれいな道だ。モミジの数はそれほどでもなかったが、黄色や茶色に染まった木々が至るところにあった。紅葉谷道から有馬の手前で迂回路に入り、筆屋道を通って温泉街のはずれにある瑞宝寺公園に出た。瑞宝寺公園のモミジの木々は、もうほとんどが真っ赤に染まっていた。
 毎年、紅葉の時期になると胸が騒ぐ。春夏秋冬、季節ごとに美しい風景はたくさんあるのだが、紅葉を見るともう居ても立ってもいられなくなる。写真を撮り始めるとすぐに前後の見境がつかなくなって、ただひたすら撮り続けてしまう。今回も、有馬ケーブルの駅の近くで真っ赤に色づいた枝ぶりのいいモミジを見つけたときは我を忘れてしまった。木の周りをぐるぐるまわりながら、角度を変え、光の当たり方が変わるのを待ち、フィルターのかけ具合を調節するなどして、30分以上も同じ木の写真を撮っていた。100枚くらいは撮っただろう。周りで見ていた人たちは、きっと不審に思ったに違いない。
 木々の葉が、落ちて枯れる寸前、あれほどまでに見事な色に染まるというのは本当に不思議なことだ。緑色に染まっている春や夏のあいだ、いったいあの色はどこに隠れているのだろうか。まるで、最後の瞬間にこの世界を美しく飾るために色を残しておいたかのようだ。紅葉を見つけるたびに、わたしは木々が何かわたしに向かってメッセージを発しているように感じる。「見てごらん、自然はこんなにも美しいんだよ」という声がどこかから聞こえてくるような気がするのだ。それは、木々を通して語りかける神様の呼び声なのかもしれない。いずれにしても、その声を聞いた瞬間わたしの心は騒ぎ始める。今年はあと何回その声を聞くことができるだろうか。楽しみだ。




※写真の解説…1枚目、有馬ケーブルの駅近くで見つけたモミジ。2枚目、3枚目、瑞宝寺公園のモミジ。