フォト・エッセイ(146)阪神淡路大震災1.17の集い


  震災から15年目の1月17日、わたしは朝4時に起きて中央区の東遊園地に向かった。毎年、その場所で行われている「阪神淡路大震災1.17の集い」に参加するためだ。
 5時すぎに東遊園地に到着した。辺りはまだ真っ暗で凍てつくような寒さだったが、公園にはたくさんの照明が灯され、驚くほどたくさんの人たちが集まっていた。とりあえず記帳所の列に並んだが、記帳するまでに20分もかかった。一緒に行った方の話しによると、今年は15年の節目の年のせいか例年よりも多くの人が集まっていたらしい。
 記帳を終え、数千本のキャンドルで作られた「1.17」の文字を囲む人々の中に加わったとき、スピーカーから秒読みの音が流れ始めた。震災発生の時刻である5時46分が告げられると、「黙祷」という号令がかかり、しばらくのあいだ沈黙が流れた。とても重い沈黙だった。
 15年前、わたしは震災直後の神戸の街に来てボランティアとして10日間ほど働いた。震災で半壊したカトリック中山手教会に置かれた支援本部に寝泊まりし、運ばれてくる物資を毎日、鷹取教会まで自転車で物資を届けるのが主な仕事だった。焼け野原になった長田の商店街を通る時、焼け跡に立ちつくしている人の姿や、家の残骸の前で泣き崩れている人の姿をたびたび見かけた。彼らの姿を見ながら、わたしは自分が一体ここで何をしているのだろうという疑問を心の底から感じた。わたしは結局、彼らのために何もできない傍観者にすぎなかったのだ。彼らの傍を通り過ぎるとき、わたしは申し訳ない気持ちで一杯だった。
 沈黙の祈りの中で、あのときの慙愧の念を思い起こし、全ての震災被災者のために心から祈りを捧げた。それが、直接被災しなかったわたしにできるせめてものことだろう。突然命を奪われた六千数百人の犠牲者たちの無念さ、家や家族を失った人々の無念さを、神が大いなる慈しみで包み込み、癒してくださるよう心から祈らずにいられない。





※写真の解説…東遊園地にて。竹筒の中に、追悼のキャンドルを灯す人々。