祈りの小箱(168)『「思った通り」を手放せば』


『「思った通り」を手放せば』
 いらいらして心が落ち着かないとき、そのいらだちの原因を探っていくと、いつも一つのことにたどりつきます。それは、何かが自分の思った通りにならないということです。たとえば、子どもがちっとも言うことを聞いてくれないとか、友だちが勝手なことばかりするというような場合、わたしたちがいらだつのは、子どもや友だちが自分の思った通りに動いてくれないからです。あるいは、うまく就職が決まらない、どんなに頑張っても誰にも評価してもらえないというような場合、わたしたちがいらだつのは、社会が自分の思った通りにならないからです。
 わたしたちが一番いらだちを感じるのは、実は自分自身のことかもしれません。うまく立ち回って出世したり、有能ぶりを発揮して人気者になったり、そんなことがしたくてもできない自分に対して、わたしたちはいらだちを感じることがあります。思った通りに生きられない、自分自身に対していらだちを感じるのです。何にいらだっているのかわからないまま、そのいらだちを、思った通りにならない家族や友だち、思った通りにならない社会に対して爆発させてしまうこともあります。ですが、本当の原因は自分自身にあるのです。家族や友人、社会は、思った通り、理想のままに生きられないわたしたちに対して、当然の反応をしているだけかもしれないのです。子どもが言うことを聞かないのは、親自身が言っていることを守っていないからかもしれないし、社会が評価してくれないのは、自分が思っているほど有能でないからかもしれないのです。
 いずれにしても、いらだちの根本的な原因は、何かが「思った通り」にならないことにあります。いらだたず、平安な心を取り戻したいならば、「思った通り」を手放す以外にありません。わたしたちは、家族や友人、社会はもちろん、自分自身さえ「思った通り」にすることができない、弱くて小さな存在にすぎないのです。全能の神ではないわたしたちに残されている唯一の選択肢は、ただあるがままを受け入れるということです。腹を立てず、あるがままの現実を受け入れ、その中で自分のベストを尽くしていけばいいのです。鏡のように静かな心で現実と向かい合うことができれば、現実がもっとよく見えて、もっといい判断を下せるようになるでしょう。起こったことを、起こったままに、あるがままに受け入れられる静かな心を神に願いたいと思います。
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