バイブル・エッセイ(955)本当の信頼

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本当の信頼

 ユダヤ人の過越祭が近づいたので、イエスはエルサレムへ上って行かれた。そして、神殿の境内で牛や羊や鳩を売っている者たちと、座って両替をしている者たちを御覧になった。イエスは縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、その台を倒し、鳩を売る者たちに言われた。「このような物はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家としてはならない。」弟子たちは、「あなたの家を思う熱意がわたしを食い尽くす」と書いてあるのを思い出した。ユダヤ人たちはイエスに、「あなたは、こんなことをするからには、どんなしるしをわたしたちに見せるつもりか」と言った。イエスは答えて言われた。「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。」それでユダヤ人たちは、「この神殿は建てるのに四十六年もかかったのに、あなたは三日で建て直すのか」と言った。イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである。イエスが死者の中から復活されたとき、弟子たちは、イエスがこう言われたのを思い出し、聖書とイエスの語られた言葉とを信じた。イエスは過越祭の間エルサレムにおられたが、そのなさったしるしを見て、多くの人がイエスの名を信じた。しかし、イエス御自身は彼らを信用されなかった。それは、すべての人のことを知っておられ、人間についてだれからも証ししてもらう必要がなかったからである。イエスは、何が人間の心の中にあるかをよく知っておられたのである。(ヨハネ2:13-25)

「イエスのなさったしるしを見て、多くの人がイエスの名を信じた。しかし、イエス御自身は彼らを信用されなかった」とヨハネ福音書は伝えています。イエスが人々を信じなかったというのは、ちょっとびっくりする表現ですが、イエスの華々しい活躍を見て集まってくる人は、イエスの惨めな姿を見れば散ってゆく。イエスは、そのような人間の弱さを知っていたので、人々の言うことを額面通りには受け取らなかったということでしょう。「イエスは、何が人間の心の中にあるかをよく知っておられた」のです。

 しかしイエスは、同時に、人間の心の中に神の愛が宿っていることも知っておられました。人々の言葉は信じなくても、すべての人々の心に神の愛が宿っていること、そして、その愛が十字架と復活の業を通して目を覚ますことを、イエスは知っていたのです。「いまはわからなくても、きっと分かってくれる日がくる」、そう信じていたと言ってもいいでしょう。イエスは、人々の言葉は信じなくても、人々の心の奥深くに愛が宿っていることは固く信じていたのです。最も根源的なところで、イエスは人々を信頼していたのです。

 イエスの信頼は、裏切られることがありませんでした。少なくとも、弟子たちは、十字架と復活の出来事を通して、イエスへの愛、神への愛に目覚めたのです。死を恐れる人間の弱さのため、神への愛を貫けなかった自分たちに代わって、十字架上で神の愛を力強く証するイエス。人間のすべての苦しみを担い、傷だらけの惨めな姿で死んでゆくイエスの姿を見たとき、弟子たちの心の中で眠っていた神への愛が目を覚ましたのです。そのときから、「ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなもの」であるキリストは、弟子たちにとって「神の力、神の知恵」となりました。心に燃え上がったイエスへの愛が、彼らを生かすための力となり、彼らの人生を導く知恵となったのです。

 真実の愛は、ひと目を引く華々しい活動より、むしろ相手のために自分のすべてを差し出す惨めさの中に現れます。真実の愛は、「あの人のために、なぜそこまでするのか。愚かなことだ」と周りの人が思うほど、相手のために自分を差し出し続ける人の中にこそ輝くのです。そして、その輝きを目にするとき、相手の中に宿った神の愛が必ず目を覚ます。「いまはわからなくても、きっといつか分かってくれる」と信じて自分を差し出し続ける、それがわたしたちの信仰なのです。

 わたしたちも、相手がなかなか自分の思いに気づいてくれない、「こんなに愛しているのに、なぜ分かってくれないのだろう」と思わずにいられない。そんな苦しさを味わうことがあるでしょう。ですが、相手を信じて自分を差し出し続ければ、必ず思いが通じるときはやってきます。時間はかかるでしょうし、それまでにわたしたちは十字架の苦しみを味わい尽くすことになるかもしれません。ですが、もしわたしたちを通して神の愛が輝くなら、必ずその愛は相手に届くのです。そう信じて、イエスと共に十字架の道を歩んでゆけるように。イエスと共に歩むこの十字架の道そのものに意味を見つけ出してゆくとこができるように、心を合わせて祈りましょう。

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