バイブル・エッセイ(974)生かすためにこそ

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生かすためにこそ

 エスが舟に乗って再び向こう岸に渡られると、大勢の群衆がそばに集まって来た。イエスは湖のほとりにおられた。会堂長の一人でヤイロという名の人が来て、イエスを見ると足もとにひれ伏して、しきりに願った。「わたしの幼い娘が死にそうです。どうか、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、娘は助かり、生きるでしょう。」そこで、イエスはヤイロと一緒に出かけて行かれた。大勢の群衆も、イエスに従い、押し迫って来た。会堂長の家から人々が来て言った。「お嬢さんは亡くなりました。もう、先生を煩わすには及ばないでしょう。」イエスはその話をそばで聞いて、「恐れることはない。ただ信じなさい」と会堂長に言われた。そして、ペトロ、ヤコブ、またヤコブの兄弟ヨハネのほかは、だれもついて来ることをお許しにならなかった。一行は会堂長の家に着いた。イエスは人々が大声で泣きわめいて騒いでいるのを見て、家の中に入り、人々に言われた。「なぜ、泣き騒ぐのか。子供は死んだのではない。眠っているのだ。」人々はイエスをあざ笑った。しかし、イエスは皆を外に出し、子供の両親と三人の弟子だけを連れて、子供のいる所へ入って行かれた。そして、子供の手を取って、「タリタ、クム」と言われた。これは、「少女よ、わたしはあなたに言う。起きなさい」という意味である。少女はすぐに起き上がって、歩きだした。もう十二歳になっていたからである。それを見るや、人々は驚きのあまり我を忘れた。イエスはこのことをだれにも知らせないようにと厳しく命じ、また、食べ物を少女に与えるようにと言われた。(マルコによる福音書5:21-24、35b-43)

「どうか、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、娘は助かり、生きるでしょう」という会堂長ヤイロの願いを聞き入れ、イエスがヤイロの娘を癒やした場面が読まれました。「生きるでしょう」という言葉に、娘を思うヤイロの万感の思いが込められているような気がします。神は「生かすためにこそ神は万物をお造りになった」と知恵の書にある通り、子どもに何とかして生きてほしい、それはすべての親の願いであり、またイエスの願いでもあるのです。

 死んでいた子どもが生き返ったというところまでいきませんが、イエスの愛に触れることによって、生きる気力なくして部屋に閉じこもっていた青年が、また外に出て、社会と関わるようになった。自分なりの生き方を模索し始めたというような話はときどき聞きます。あるお母さんは、どう説得しても外に出すのは難しいと悟って以来、子どもの生活に干渉せず、そっと見守り、祈り続けました。すると数年がたったとき、その子はまた外に出るようになったのです。彼が外に出られるようになった理由はよくわかりませんが、自分の思いを無理やりおしつけず、子どもの歩みを忍耐強く見守り続けるお母さんの姿を通して、神さまの愛がその子の心に触れたのだろうとわたしは思っています。

 神さまは、お造りになったすべての命を生かしたいと望んでおられる。それと同時に、すべての命は生きたいという強い望みを持っている。それは命についての一つの真実だと思います。もし生きる気力を失ってしまったなら、それは、何らかの力が外から働いて、その人の生きる力をくじいてしまったからでしょう。「悪魔のねたみによって死がこの世に入る」と知恵の書は表現していますが、周りの人たちからのねたみや悪口、暴力などによって人を信じられなくなってしまう。愛を信じられなくなり、生きる力を失ってしまう。そのようなことは、十分にありうると思います。誰かから愛されている、自分は必要とされている、自分の人生には意味がある。そのような確信を取り戻させてくれる出会いさえあれば、わたしたちはまた「よし、生きよう」という気持ちになれるのです。

 わたし自身も、さまざまな仕事に追われ、疲れ果てて、「なぜこんなに忙しいんだろう。何のために生きているんだろう」というような気持ちになることが時々あります。そんなときこそ、しっかり祈るときです。「どうかわたしを生かしてください。生きる力をお与えください」と祈るなら、イエスがやって来て傍らに立ち、「起きなさい」と声をかけてくださるでしょう。疲れ切って祈ることさえ難しいというときは、死んだように寝るということも一つの方法かもしれません。疲れがとれたときには、イエスがやって来て、わたしたちを起こしてくださるでしょう。「生かすためにこそ神は万物をお造りになった」という言葉を心にしっかり刻み、生かす力、生きたいと願う力を信じましょう。

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