バイブル・エッセイ(980)永遠の命に至る食べ物

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永遠の命に至る食べ物

 群衆は、イエスも弟子たちもそこにいないと知ると、自分たちもそれらの小舟に乗り、イエスを捜し求めてカファルナウムに来た。そして、湖の向こう岸でイエスを見つけると、「ラビ、いつ、ここにおいでになったのですか」と言った。イエスは答えて言われた。「はっきり言っておく。あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからだ。朽ちる食べ物のためではなく、いつまでもなくならないで、永遠の命に至る食べ物のために働きなさい。これこそ、人の子があなたがたに与える食べ物である。父である神が、人の子を認証されたからである。」そこで彼らが、「神の業を行うためには、何をしたらよいでしょうか」と言うと、イエスは答えて言われた。「神がお遣わしになった者を信じること、それが神の業である。」そこで、彼らは言った。「それでは、わたしたちが見てあなたを信じることができるように、どんなしるしを行ってくださいますか。どのようなことをしてくださいますか。わたしたちの先祖は、荒れ野でマンナを食べました。『天からのパンを彼らに与えて食べさせた』と書いてあるとおりです。」すると、イエスは言われた。「はっきり言っておく。モーセが天からのパンをあなたがたに与えたのではなく、わたしの父が天からのまことのパンをお与えになる。神のパンは、天から降って来て、世に命を与えるものである。」そこで、彼らが、「主よ、そのパンをいつもわたしたちにください」と言うと、イエスは言われた。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。(ヨハネ6:24-35)

「朽ちる食べ物のためではなく、いつまでもなくならないで、永遠の命に至る食べ物のために働きなさい」とイエスは言います。「朽ちる食べ物」とはわたしたちの欲望を満たす地上の食べ物、すなわち富や財産、名誉、権力など、「永遠の命に至る食べ物」とはわたしたちの心を満たす神の愛と考えたらよいでしょう。地上の食べ物をどれだけ手に入れたところで、わたしたちは決して幸せになれない。神のため、人々のために自分を差し出し、神の愛に満たされたときにのみ、わたしたちは本当の幸せを味わうことができる。エスは、わたしたちにそのことを教えているのだと思います。

 今年は聖イグナチオの回心から500年を記念する「聖イグナチオの年」ですが、聖イグナチオの自伝の中にこんなエピソードがあります。彼は王のために最前線で戦う勇敢な兵士でしたが、戦争で大砲の玉に足を砕かれ、療養しているとき、あることに気づきました。高貴な婦人に仕えるというような世俗的なことを考えると、そのときは楽しいが、後に虚しさが残る。しかし、神のために自分を捧げる巡礼や苦行のことを考えると、「考えているあいだ慰めを覚えるばかりでなく、考えを止めたあとまでも満足感や喜びが残る」ということです。このことに気づいた聖イグナチオは、地上のものを追い求めることの虚しさを悟り、それ以降、ひたすら神のために自分を捧げ尽くす人生を思い描くようになります。神のために自分を捧げ尽くすときにこそ、人間の心は愛と恵みで満たされる。これが、聖イグナチオの生涯を変えた大きな発見でした。

 聖イグナチオのこのエピソードは、地上の食べ物が「朽ちる食べ物」であり、神の愛こそが「永遠の命に至る食べ物」であることの意味を、わたしたちに分かりやすく教えてくれると思います。実際、わたし自身の経験の中でも、確かにこのことは言えるのです。たとえば、よく考えられた説教をして、信者さんたちから褒められる。そのことは、わたしをうれしい気持ちにしてくれます。ですが、しばらくすると、「困ったな、来週も褒められるような説教をしないと」とか、「どうせ人の評価なんかすぐに変わるんだから」といった、不安や迷いがやってきて、心に虚しさが生まれるのです。それに対して、できはともかく、信者さんたちに神の愛を伝えたい一心で何時間もかけて説教を書きあげたとき、その説教を聞いて、一人でも喜んでくれる人がいたときには、心は愛と恵みで満たされます。その愛と恵みは、心に深く刻まれて、いつまでも消えることがありません。自分を生かす命の糧となって、心にいつまでも残るのです。

「わたしが命のパンである」と、イエスは力強く宣言します。エスの言葉と生涯をよく噛みしめて味わい、イエスに倣って神と人々への愛に生きるとき、わたしたちの心は愛と恵み、喜びと力でいつも満たされ、飢えることも、渇くこともないのです。「朽ちる食べ物」ではなく、「永遠の命に至る食べ物」であるイエスのために生きられるよう、聖イグナチオのとりなしをねがいつつ共に祈りましょう。

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