フォト・エッセイ(115) 生水の郷再訪②


 「生水の郷」に宿った不思議な力の化身のような人がいる。琵琶湖の漁師、田中三五郎さんだ。針江に行ったら、誰よりもまず三五郎さんに会わなければならないと思う。
 大正10年生まれで今年88歳になる三五郎さんは、写真家の今森光彦氏の取材とNHKスペシャル里山〜命めぐる水辺」によって世に知られるようになった。この数年は足を痛めてもう漁に出ていないそうだが、戦後、兵隊から戻ったあと50年以上にわたって琵琶湖の漁師として生き続けてきた人だ。とても人懐こい方で、今回も突然うかがったわたしたちを温かく迎えていろいろな話をしてくださった。
 ポスターになった写真を撮ったときの苦労話、撮られたポスターが町中いたるところに張られて有名人になり、市長や県知事まで自分に会いに来るようになってびっくりしたという話、テレビ番組のためにわざわざクレーン車が来て上から自分を撮っていったという話など、孫のような年齢の若者たちに向かってうれしそうに話す姿が印象的だった。
 しばらく漁に出ていないにもかかわらず、三五郎さんの体からはヨシ原を渡る風の匂いがする。50年もの歳月のあいだに体にしみついた、それはもう人柄の一部なのだろう。話を聞いているだけで、ヨシ原に立ちこめた朝靄の中を小舟で漁に出ていく三五郎さんの姿が目に浮かぶようだった。
 今回のツアーはあいにく天気に恵まれなかった。だが、降りやまない雨の中を歩いたにもかかわらず、ツアーが終わった後のわたしの心はすっきり澄んだ青空のようだった。神を畏れ敬いながら自然と共に生きる人たちがいるところには、いつもさわやかな聖霊の風が吹いているようだ。







※写真の解説…1枚目、田中三五郎さんの船着場。2枚目、三五郎さんのかばた。3枚目、撮影のときの様子を語る三五郎さん。4枚目、水路で開花した梅花藻。
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