バイブル・エッセイ(102)今日も明日も


 ちょうどそのとき、ファリサイ派の人々が何人か近寄って来て、イエスに言った。「ここを立ち去ってください。ヘロデがあなたを殺そうとしています。」イエスは言われた。「行って、あの狐に、『今日も明日も、悪霊を追い出し、病気をいやし、三日目にすべてを終える』とわたしが言ったと伝えなさい。だが、わたしは今日も明日も、その次の日も自分の道を進まねばならない。預言者エルサレム以外の所で死ぬことは、ありえないからだ。(ルカ13:31-33)
 「わたしは今日も明日も、その次の日も自分の道を歩まねばならない」という言葉から、イエスの熱い思いと揺るがぬ決意がはっきり伝わってきます。悪霊に苦しめられている人々、病の床で絶望に沈んでいる人々がいる限り、わたしは彼らのもとへ歩み続けずにいられない。エルサレムに救いを求めている人たちがいる限り、どんな迫害や苦難が待ち受けていたとしてもエルサレムに向かって歩き続けずにいられない。それがイエスの心なのです。
 わたしたちの行く手にも、たくさんの困難が待ち受けているように見えます。司祭の不足、信徒の教会離れ、教会維持費の減少などが深刻化する中で、世間的な意味での栄光とはまったく無縁の厳しい道がわたしたちを待ち受けているようです。
 ですが、わたしたちは歩みを止めるわけにはいきません。どれほどの困難が行く手に待ち受けていたとしても、この世界に神の愛を求めて苦しんでいる人がいる限りイエスが歩みを止めることはないからです。
 孤独の中で自分の人生に意味を見いだせずに苦しんでいる人、社会の片隅に追いやられ虐げられている人、そんな人が一人でもいる限り、イエスは「今日も明日も、その次の日も」彼らのもとへ歩み続けます。イエスが先に進んでいく以上、わたしたちも歩みを止めるわけにはいきません。どれほどの困難が行く手に待ち受けていたとしても、神の愛を人々に伝えるため「今日も明日も、その次の日も」イエスと共にこの道を歩き続けていきましょう。
※写真の解説…金木犀の花。