祈りの小箱(100)『一番いい道』


『一番いい道』
 「自分が思っている通りにならなかったらどうしよう」、「今やっていることができなくなったらどうしよう」、「予想外のことが起こったらどうしよう」、先のことを考えるとき、そんな思いがわたしたちの脳裏をよぎります。神様の思いのままに生きたいと願いながら、わたしたちは人生を自分の力でコントロールしたい、自分の思った通りに生きたいという気持ちを捨てきれないのです。
 自分の思った通りに生きたいと願うのは、人間としてある意味で当然のことです。ですが、それは本当に賢明なことでしょうか。わたしたちは、自分自身について知らないことがたくさんあります。子ども時代に起こった出来事で忘れてしまっていることもたくさんあるでしょう。いま起こっていることについて、見えていない部分もたくさんあるはずです。それに何より、わたしたちは自分がいつ死ぬか知りません。そんなわたしたちが、人生の先のことについてあれこれ考えて、「ああしたい、こうしたい」と願ったところでいったいどんな意味があるのでしょう。全体から見たときに、それはまったく見当はずれの願いかも知れないのです。
 豊作を喜んで、穀物をしまう倉を建てよう思っている金持ちに、神様が「愚かな者よ、今夜お前の命は取り上げられる」(ルカ12:20)と言われた話は、決して他人事ではありません。自分が知っていることだけを前提にして先のことをあれこれ考え、自分を讃美して傲慢に陥るなら、神様はそんなわたしたちに「愚かな者よ、明日お前の命は取り上げられる」と言われるかもしれません。逆に、不安や恐れ、心配に陥って苦しむなら、神様はそんなわたしたちに「愚かな者よ、お前のためにたくさんの恵みを準備してあるのに」とおっしゃるかもしれないのです。
 貧弱な人間の知恵から生まれた人間の思いは、所詮その程度のものにすぎません。もっとも賢明なのは、すべてをご存知の神様に人生をお委ねすることでしょう。わたしたちがいつ生まれていつ死ぬか、どんな性格を持ち、どんな世界に生きているのか、すべてを正確にご存知の神様は、わたしたちが一番幸せになれる道を必ず準備してくださるはずです。もしわたしたちが一ヵ所で立ち止まり、不安や心配、恐れに駆られて先に進むのを躊躇すれば、その道が無駄になってしまいます。神様を信頼し、全力で前に向かって進み続けましょう。神様が準備して下さった道を、まっすぐに進んでゆきましょう。
★このカードは、こちらからダウンロードできます。⇒
JPEG 『一番いい道』.JPG 直
PDF 『一番いい道』.PDF 直