祈りの小箱(99)『心の叫び声』


『心の叫び声』
 理由もなく苛立ち、周りの人に暴言を吐いたり、当たったりする人はどこの世界にもいるようです。わたしたち自身が、そんな人になっていることだってあるでしょう。周りの人を傷つけ、嫌われてうれしい人などいるはずがありません。心の底ではみんなと仲よく、幸せに生きていきたいと願っているはずなのに、なぜそんなことが起こってしまうのでしょう。
 それは、きっとわたしたちの心の中にある傷のせいだと思います。体に傷を負った人が、痛みに耐えかねて叫び声をあげるように、心に傷を負った人も、痛みに耐えかねて叫び声をあげるのです。周りにいる人たちから見ればまったく不条理としか思えないような暴言や、不快な言葉、ぞんざいな態度などは、実はその人の心があげている悲鳴なのです。本人も、きっと好きでそんなことをしているのではないでしょう。体に傷を負ったひとが、耐えられなくなって悲鳴をあげるのと同じで、それは本人にコントロールできないことなのです。
 だからといって、そのような行為が正当化されるわけではありません。会社での権威などを笠に着てそのような行為を続ける人には、しかるべき対応をすべきでしょう。ですが、相手が家族だったり、これからもずっとつきあっていかなければならない相手だったりする場合にはどうしたらいいでしょう。そんなときには、覚悟を決めて、相手の傷により添うしかないと思います。自分が感じていることを相手にはっきり伝えることも大切ですが、傷が痛み続ける限り、相手はきっとまた同じことを繰り返すに違いありません。もし相手が世間からの仕打ちによって傷ついているなら、自分だけはその人の見かたであることを言葉や行いで示す。もし相手が誰かから裏切られたことによって傷ついているなら、自分だけは決して裏切らないということを言葉や行いで示す。そうすることで、相手の傷が少しでも癒えたならば、きっと理不尽な行動は減ってゆくでしょう。同時に、神様に祈ることも大切です。人間の心を本当に癒すことができるのは、純粋で無限な神様の愛だけだからです。わたしたちは、祈りながら、神様の癒しの業をお手伝いするのです。
 これは、まったく同じように自分自身についても言えることです。心がどうしようもなくいらだち、周りの人に当たってしまう。そんなときには、自分の心の傷にしっかりと向かい合う以外ありません。そして、その傷が癒されるよう、神様に祈るのです。祈りの中で神様の大きな愛に触れるとき、その傷は必ず癒されます。時間はかかるかもしれませんが、それ以外に方法はないのです。神様の愛に信頼し、あせらずに祈り続けましょう。
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