祈りの小箱(160)『時間をかけて』


『時間をかけて』
 子どもが駄々をこねて言うことを聞かないとき、つい大声を出したり、手をあげたりしたくなることがあります。静かに話し合うことに我慢しきれなくなり、手っ取り早く問題を解決したいという誘惑が心の中に入りこんでくるのです。暴力によって相手を自分の思いのままに動かしたいという思いは、ぬぐってもぬぐいきれない、人間の根源的な罪の一つかもしれません。
 この誘惑に負けて、大声で恫喝したり、暴力を振るったりして子どもを黙らせ、言うことを聞かせることができたとしましょう。そこには、外面的な平和が生まれます。ですが、子どもの心の中には、きっといつまでもわだかまりが残ることでしょう。そのようなわだかまりが積もっていけば、いつか子どもが大きくなったとき、親に対する怒りや憎しみとして爆発するかもしれません。暴力によって作り出される平和は、すぐに実現できますが、すぐに壊れてしまう平和でもあるのです。
 いつまでも壊れることのない平和、真の平和を実現したいなら、どんなに時間がかかったとしても、静かに話し合うしかありません。子どもの自由を尊重し、お互いが納得できるようなやり方で実現していく他ないのです。時間をかけるのを惜しめば惜しむほど、実現する平和はそれだけ不完全で、脆弱なものになります。短気を起こし、暴力で自分の主張を実現を通すことは、長期的に見れば未来にむかって大きな問題の種を蒔くようなものです。
 同じことが、国と国との関係にも言えるでしょう。暴力をちらつかせれば、確かに話し合う時間を省略できるでしょう。しかし、そのようにして実現した平和は、やがて暴力によって覆される平和なのです。人間は、殺し合わないでも平和を実現するための力を与えられています。謙虚な心で互いを認め合う力、愛し合う力を神様から与えられているのです。暴力ではなく、愛によって平和を実現してゆきたいと思います。
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