バイブル・エッセイ(941)時を越えた出会い

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時を越えた出会い

 そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」(ルカ2:1-14)

「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった」と天使は羊飼いたちに告げました。この言葉は、そのままわたしたちにも向けられています。天使の言葉の通り、イエスは今日、わたしたちの目の前でお生まれになったのです。ベツレヘムの羊飼いたちと共に、わたしたちはイエス誕生の場面に立ち会うのです。

 クリスマスを迎えるまでの4週間、わたしたちはイエスの誕生の日を待ちわびながら、心を整え、準備してきました。ですが、よく考えるとこれはちょっとおかしなことです。幼稚園の子どもの中には、「もうすぐイエスさまがお生まれになります。お迎えする準備をしましょう」と言うと、「えっ、イエスさま、まだ生まれてなかったの。イエスさまは、いつもぼくたちと一緒にいるって言ってたじゃないか」と驚く子もいます。『裸の王様』の物語ではありませんが、子どもは正直です。確かに、その子の言う通り、イエスはもうとっくの昔に生まれています。では、なぜわたしたちは、毎年、イエスの誕生を待ちわびたり、「今日、イエスさまがお生まれになった」などと言ってクリスマスを祝ったりするのでしょう。

 それは、一言でいえば「記念」ということです。キリスト教の伝統の中で、「記念」とは、単にその出来事を思い出すということではなく、時間と空間を越えてその出来事に参加することを意味しています。クリスマスの夜、わたしたちは、時間と空間を越え、羊飼いたちと共にベツレヘムの飼い葉桶を囲むのです。エスはもう生まれていて、いつも一緒にいてくださる。それは当然のことです。ですが、クリスマスの夜、わたしたちはイエスが誕生した場面に、時間と空間を越えて立ち会うのです。イエス誕生の喜びを、ヨセフ、マリア、羊飼いたちと共に分かち合うのです。
「まだ生まれていない」とか「もう生まれた」という問題ではありません。イエスの誕生は、今日、時間と空間を越えた出来事としてわたしたちの前に立ち現れるのです。それは、毎週のミサの中で、わたしたちが「最後の晩餐」の席に参加するのとまったく同じことです。何回も、同じことを再現して喜んでいるわけではありません。ミサに参加するたびごとに、わたしたちは、歴史の中でたった一度だけ起こったイエスの救いの出来事に、時間と空間を越えて参加するのです。

 大切なのは、心の底からそれを信じることだと思います。祈りの中で、五感のすべてを使って御降誕の場面に立ち会うのです。深い祈りの中で、冬の夜の寒さを肌で感じ、羊たちの臭いをかぎ、ヨセフやマリアの表情を心の目でしっかり見ましょう。「オギャー」と産声を上げる幼子イエスの頬に触れてみましょう。手を近づけ、イエスに指を握ってもらいましょう。そのような想像を働かせるたびごとに、御降誕の夜の喜びや安らぎがわたしたちの心を満たしてゆきます。もう何も恐れる必要はありません。いまや、神御自身がこの地上に来られ、わたしたちと共にいてくださるのです。

 コロナ禍の黒雲に覆われたこの世界をしばし離れ、2000年前のベツレヘムで、ヨセフ、マリア、羊飼いたちと共に、御降誕の喜びと安らぎに満たされたひと時を過ごすことができるよう共にお祈りしましょう。

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