フォト・エッセイ(97) 里山エコツアー③ 田中三五郎さん


 そんなたくさんの出会いの中でも特に印象に残ったのが、琵琶湖の漁師、田中三五郎さんとの出会いだった。「命めぐる水辺」をご覧になった方たちは、すぐにその名前を思い出せるだろう。写真家の今森光彦氏がたまたま三五郎さんと出会ったことからあの番組が生まれた、と言ってもいい人物だ。
 三五郎さんは「かばた」の水で顔を洗い、歯を磨くことから一日を始める針江地区の漁師さんで、その日の食事に必要な分だけの魚を伝統的な漁具を使って獲る生活を何十年も続けてこられた方だ。そのような漁の仕方を「おかず獲り」と呼ぶ。使う漁具は「もんどり」と呼ばれるもので、魚が一度入り込むと出られなくなるような仕掛けを網や竹で作ったものだ。三五郎さんは、その仕掛けを餌もつけずに魚の通り道に沈めておく。そうすると、翌日にはたくさんの魚が入り込んでいる。琵琶湖の魚の習性や通り道を熟知した漁師さんだけができる漁の仕方だ。
 自然と密着した漁を続ける三五郎さんのおかげで、付近の自然が守られ、鳥たちも漁のおこぼれにあずかって子育てをすることができる。まさに自然と人間の共生のお手本のような人生を歩んでこられたのが琵琶湖の漁師、田中三五郎さんだ。
 わたしたちが訪ねていくと、「よく来たね。どこから」と炬燵から声をかけてくださった。90歳に近い高齢の三五郎さんは、昨年足を痛めてから漁に出られなくなってしまい、家にいることが多いという。それにしても年齢を感じさせない元気さで、「わたしのブロマイドをもらって下さるか」と言って漁の写真をくださったり、表まで出てきて一緒に写真に写ってくださったりした。「かばた」を見せてもらってわたしたちが帰るときには、テレビでWBCの野球の試合をうれしそうに観戦しておられた。
 三五郎さんのような老人が、簡素でゆったりとした昔ながらの生活を守って生きてくれたからこそ、わたしたちは今も琵琶湖の自然を味わうことができる。三五郎さんはエコロジーというような難しいことは語らないが、彼の存在そのものがわたしたちにとても大切なことを思い出させてくれる。便利さや快適さばかりを求めて自然をほとんど顧みない自分の生活を反省しなければならないと、しみじみ感じさせられた。

藍い宇宙

藍い宇宙








※写真の解説…1枚目、水が戻り始めたヨシ原。2枚目、三五郎さんの船着き場。3枚目、船着場からの景色。水鳥のバンが泳いでいる。4枚目、三五郎さんの自宅の前で撮ってもらった写真。