フォト・エッセイ(106) 山笑う①


 先週に続いて、また六甲山に登ってきた。なにしろあちこちで新緑が輝いているし、お天気もよかったし、六甲山に登らずにはいられないような気分だった。いつも木曜日の朝ミサを立てている青谷の修道院で朝食を済ませたあと、足早に灘丸山公園へと向い、杣谷道から六甲山に入った。先週と同じルートだ。
 青空のもとで山道を登っていく気分は最高だ。道のいたるところで、新緑が太陽の光を受けて輝きながら風に揺れている。木々のあいだを吹き抜け、頬を撫でていく風もさわやかだ。歩いているうちに、自然と笑みがこぼれてくる。しばらく歩いて川沿いに展望が開けた場所に出たとき、口元に浮かんだその笑みは満面の笑みへと変わっていった。目の前の山肌一面に、燃えるような新緑が現れたからだ。
 「山笑う」という表現を使うならば、昨日の山は大笑いしていたと言っていい。わたしもつられるようにして笑ってしまった。もう、うれしくてうれしくてしかたがなかった。もし誰か見ている人がいたら、きっと怪訝に思ったことだろう。だが幸い平日の山道を歩いてるハイカーはそれほど多くなく、あたりには誰もいなかった。
 いつものように岩をよじ登ったり渓流を渡ったりしながらどんどん登っていくと、2時間足らずで穂高湖に出た。このあたりから雲行きが怪しくなり、空一面を雲が覆い始めた。ところどころに黒雲も混じっていた。せっかく徳川道に入るのにこの天気ではもったいないと思ったので、穂高湖の湖畔でしばらく天気の回復を待った。予報では一日晴れのはずだったからだ。
 湖の水面と空を交互に見つめながら、しばらく湖畔で時を過ごした。湖岸の斜面の至るところで木々の葉が芽吹き始めており、ついこのあいだまで白っぽかった岸辺が濃淡様々な緑で彩られていた。ところどころにミツバツツジも咲いていた。さわやかな風に乗って鳥たちの鳴き声も周り中から響いていた。初めは天候待ちの時間つぶしのつもりだったが、気がつくと時を忘れて湖畔に立ちつくしていた。







※写真の解説…1、2枚目、六甲山の新緑。杣谷道にて。3、4枚目、穂高湖畔にて。