やぎぃの日記(119)東北被災地はいま5〜教派の壁を越えた友情


東北被災地はいま5〜教派の壁を越えた友情
 遠藤さんの案内で、十八成浜地区と、お隣の入り江にある鮎川浜地区を見て回った。驚いたのはその惨状だ。津波から7ヶ月以上が過ぎているにもかかわらず、まだ瓦礫の撤去がほとんど進んでいない。建物は窓や壁を無残に破壊されたまま、あるものは半ば倒れかけた状態で放置されている。石巻や女川などの都市では瓦礫の撤去が進み、建物の土台や一部のビルなどを除いてほとんど何も残っていなかったが、ここではいたるところに割れたコンクリートやはがされたアスファルト、流木、漁網、ブイなどが散乱している。まるで昨日、津波が襲ったかのような状態だ。半島の先端部という地理的な条件から、まだ復興支援の手が届いていないのだろう。
 小高い丘の中腹の空き地に仮設住宅があり、そこに遠藤さんの友人が住んでいるというので訪ねてみることにした。遠藤さんの友人、田端さんはプロテスタント教会の信徒で、もともと横浜の出身だ。ご主人の定年後、ご主人の希望で風光明媚なこの地に移住してきたのだという。ご主人の葬儀のとき、お骨を入れる箱に十字架が記されていたのに気づいた遠藤さんが声をかけたことから、2人の交流が始まった。津波の後も、遠藤さんは仮設住宅で独り暮らしをする高齢の田端さんのもとをしばしば訪れている。日曜日には、遠藤さんの車で石巻まで一緒に行き、田端さんは日本基督教団の教会へ、遠藤さんはカトリックの教会へ行ってそれぞれ礼拝やミサに与る。帰りはまた一緒に帰ってくるという。心温まる話だ。ここに、イエス・キリストの兄弟姉妹の交わりが文字通り生きられていると感じた。
 田端さんに仮設住宅の内部を見せてもらった。仮設住宅はここでも、とても簡素な造りだ。床には畳も入っておらず、板の上に薄いカーペットが敷いてあるだけ。これで、三陸海岸の厳しい冬を乗り切れるのだろうか。この高台の仮設住宅から、津波で流された自宅の残骸と一向に復興が進まない十八成の町を毎日眺めながら、独り暮らしの田端さんはさぞかしさびしい思いをしておられるのではないかと拝察した。だが、遠藤さんは教会の仲間が差し入れてくれた聖書を手に取って「わたしには、これさえあれば大丈夫です」と言う。まったく頭が下がる思いがした。 
※写真の解説…田端さんの家を訪れた遠藤さん。