やぎぃの日記(154)こいずみクラスより〜「憐みをうけるために」


こいずみクラスより〜「憐みを受けるために」
 今週の火曜日から、音楽家こいずみゆりさんが担当する「祈りの入門講座」が再開した。一信徒として日常生活の中で祈りながら生きるこいずみさんの言葉には、いつもたくさんのことを教えられる。今回も、決して目立たないが、しかし強く光り輝く知恵の言葉、信仰の言葉にの数々に力づけられたその中からいくつかをご紹介したい。
「欠けた部分に慈しみを注ぐために、神は人間をあえて欠けたものとして創造されました。わたしたちは、欠けているからこそ神の憐みで満たされることができるのです。欠けた者であることに感謝しましょう。安心して、欠けた部分を神に差し出しましょう。」
「人間を欠けたものとして造り、欠けた部分を歴史の中で人間の成長に合わせて満たしていくことは、初めから神の御計画でした。」
「もしわたしたちに欠けた者としての自覚がなく、自分は完全な者だと思いあがっていれば、全能の神も私たちの心に憐みを注ぐことができません。」
「大人になると、わたしたちは自分が何でも自分の力でできると思い込み、傲慢になっていきます。自分では何もできないことを知り、大人を信頼する子どもの心に学びましょう。」
「さわやかな風の中ですべてが光り輝く秋は、この世界が光り輝く神の恵みに満たされていることを感じ取るのに一番ふさわしい季節かもしれません。光り輝く自然の美しさの源に神を感じ取ることができれば、わたしたちはいつも安らかな心で生きられるでしょう。
「まもなく『小さき花』と呼ばれたリジューのテレジアの記念日である10月1日がやって来ます。リジューのテレジアは、まさに自分の弱さを全て神に差し出すことで、神の憐みに満たされた方でした。まるで、自分の弱さを武器にして神の憐みを引き寄せていたのではと思えるほど、テレジアは自分の欠けた部分を余すところなく神の前に差し出したのです。」
★この講座は、毎月第2、第4火曜日の19:00から、神戸・三ノ宮の女子パウロ会書店2階で行われています。お気軽にご参加ください。⇒  キリスト教入門講座・秋学期チラシ.PDF 直
※写真の解説…カトリック六甲教会の庭の片隅に咲いた、黄色い彼岸花