バイブル・エッセイ(895)困難に打ち勝つ力

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困難に打ち勝つ力

 イエスは悪魔から誘惑を受けるため、“霊”に導かれて荒れ野に行かれた。そして四十日間、昼も夜も断食した後、空腹を覚えられた。すると、誘惑する者が来て、イエスに言った。「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ。」イエスはお答えになった。「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある。」次に、悪魔はイエスを聖なる都に連れて行き、神殿の屋根の端に立たせて、言った。「神の子なら、飛び降りたらどうだ。『神があなたのために天使たちに命じると、あなたの足が石に打ち当たることのないように、天使たちは手であなたを支える』と書いてある。」イエスは、「『あなたの神である主を試してはならない』とも書いてある」と言われた。更に、悪魔はイエスを非常に高い山に連れて行き、世のすべての国々とその繁栄ぶりを見せて、「もし、ひれ伏してわたしを拝むなら、これをみんな与えよう」と言った。すると、イエスは言われた。「退け、サタン。『あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ』と書いてある。」そこで、悪魔は離れ去った。すると、天使たちが来てイエスに仕えた。(マタイ4:1-11)

「イエスは悪魔から誘惑を受けるため、“霊”に導かれて荒れ野に行かれた。そして四十日間、昼も夜も断食した後、空腹を覚えられた」とマタイ福音書は記しています。聖霊は、あえてイエスを荒れ野に導き、そこでイエスを悪魔と対峙させたというのです。聖霊はなぜ、そのようなことをしたのでしょう。

 今年の四旬節は、わたしたちにとって「荒れ野」での四十日になるかもしれません。新型コロナウィルスによってさまざまな困難が襲いかかり、地域によっては公開のミサさえ困難になっているからです。困難が襲い掛かるとき、わたしたちの心に誘惑もやってきます。悪魔がやって来て、自分さえ助かればいいというエゴイズムや、「神はなぜこのようなことをお許しになるのか」といった神への不信感をわたしたちの心に掻き立てようとするのです。

 たとえば誰かが咳き込んでいるとき、本来ならば「どうしたの。だいじょうぶ?」と労りの声をかけるのが兄弟姉妹としてふさわしい態度でしょう。ですが、未知のウィルスがはやり始めると、「怖い。近寄らないで」と言いたくなることがあります。相手を労わる心を、自分だけは助かりたいという思いが追い払ってしまうのです。「相手のことなんか心配している場合じゃない。自分を守れ」という悪魔の誘惑に、まんまと乗せられると言ってもいいでしょう。こうしてわたしたちの間に、互いへの不信感や失望、いらだちが広がってゆきます。悪魔の誘惑が、神の愛に勝利するのです。

 もちろん、自分を守ることも大切です。ですが、自分さえよければいいという考えは、互いに愛し合うことを基本とするイエスの教えに明らかに反しています。マスク、手袋、手の消毒などふさわしい予防措置をとった上で、病気で苦しんでいる人がいれば、その人に助けの手を差し伸べる。医療の支援を受けつつ、互いに助け合いながら病気の苦しみに打ち勝ってゆく。それだけが、この病気に打ち勝ち、悪魔の誘惑に打ち勝つ唯一の方法ではないかと思います。

 自分だけが助かればいいという考えがわたしたちの心を支配するようになれば、たちまちマスクはなくなり、医療現場は混乱し、病気の人は放置され、かえって病気の蔓延を招くことになるでしょう。それこそ、悪魔の思うつぼなのです。悪魔に打ち勝ち、病気に打ち勝つことができるのは、最終的には愛だけなのです。

 病気の困難の中で、悪魔はわたしたちに「神なんか信頼できない。神がいるなら、なぜこんなことが起こるんだ」ともささやきかけます。もし誘惑に乗れば、わたしたちは最後の希望を失うことになるでしょう。どんな困難にあっても、神が共にいて、わたしたちを必ず救いへと導いてくださる。それこそが、わたしたちの最後の希望であり、生きるための力なのです。もしミサに出られなかったとしても、祈りの中でミサの恵みに与ることはできます。ミサからあふれ出す恵みは全地を満たすほど豊かなもの。問題は、わたしたちが、心を開いてそれをしっかり受け止められるかどうかなのです。

 悪魔の誘惑と対峙する中で、わたしたちは自分にとって一番大切なものが何であるか、身をもって知ってゆきます。聖霊がイエスを荒れ野に導いたのも、そのためだったと考えていいでしょう。病気のみならず、あらゆる困難に打ち勝ち、乗り越えてゆくための力は、わたしたちの心に宿った神の愛だけであること。何があっても、神はわたしたちを見捨てないということ。この四旬節に、そのことをしっかり心に刻むことができるよう祈りましょう。

※このブログに掲載中の「バイブル・エッセイ」から、選りすぐられた40篇を収録したエッセイ集『あなたはわたしの愛する子~心にひびく聖書の言葉』が刊行されることになりました。わかりやすい言葉で、神さまの愛をまっすぐ心に届けます。どうぞお楽しみに。教文館刊 3月9日発売予定定価 1100円(税込み)

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