バイブル・エッセイ(1220)愛は小さなことの中に

愛は小さなことの中に

「ごく小さな事に忠実な者は、大きな事にも忠実である。ごく小さな事に不忠実な者は、大きな事にも不忠実である。だから、不正にまみれた富について忠実でなければ、だれがあなたがたに本当に価値あるものを任せるだろうか。また、他人のものについて忠実でなければ、だれがあなたがたのものを与えてくれるだろうか。どんな召し使いも二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」(ルカ16:10-13)

 不正な管理人のふるまいを説明する中で、イエスが弟子たちに、「ごく小さな事に忠実な者は、大きな事にも忠実である。ごく小さな事に不忠実な者は、大きな事にも不忠実である」と教える場面が読まれました。一見、不忠実に見える管理人の行動を説明するのに、なぜイエスはこんなことを言ったのでしょう。
 「ごく小さなことに忠実な者は、大きな事にも忠実である」というのは、一つの真理と言ってよいでしょう。「たくさんの人が褒めてくれる、大きな事にしか興味がない。誰も見ていない小さなことなんか、やっても意味がない」という人は、結局のところ、自分の利益にしか関心がない人だからです。大きな事であっても、自分の利益にならないと考えれば手を抜く可能性があります。
 それに対して、「ごく小さなことにも忠実」な人は、自分の利益を考えていません。「ごく小さなことにも忠実」な人とは、「人が見ていても見ていなくても、これは主人から与えられた大切な使命なのだから、決して手を抜かない」と考えて行動するからです。「ごく小さなことにも忠実」な人とは、自分のことよりも主人のことを大切に思う人、主人を愛している人なのです。そのような人は、大きなことを任されたとしても、私心を混じえることなく忠実に果し抜くでしょう。その人が本当に主人を愛しているかどうかは、小さなことの中にこそ表れる。イエスはそう教えているのです。
 では、この真理と不正な管理人のふるまいに、どんな関係があるのでしょう。イエスが不正な管理人の行動の中で注目しているのは、この不正な管理人が、預かった財産で友だちを作ったことだと思います。不正な管理人は、相手の借金をゆるすこと、主人の財産を人々に分け与えることで、人々を助けました。わたしたちはどうでしょうか。わたしたちも、神さまからたくさんの財産を預かっています。健康や才能、人々とのつながりだけでなく、命そのものも神さまから預かった財産だと言っていいでしょう。その財産を、ゆるすこと、与えること、友だちを作ることのために、十分に使っているでしょうか。この不正な管理人を見習えとイエスが言うのは、そこだと思います。
 不正な管理人は、預かった財産を、誰も奪うことのできない愛に変えて天国に蓄えた、とても賢い管理人と言うことができます。ゆるし、与え、友だちを作るとは、隣人を愛することに他ならないからです。もしわたしたちが、預けられたものを惜しみなく与え、分ちあうなら、神さまは、より一層豊かに恵みを注ぎ、「大きな事」を任せてくださるようになります。天国の富も、地上の富も、結局のところ、惜しみなく与える人、愛する人のもとに集まるようにできているのです。
 この話を深く味わい、神さまへの愛は小さなことにこそ表れるということを、改めて心に刻みたいと思います。小さなことに大きな愛を込められるように、「これをしても何の利益にもらない」と思えることにこそ、精いっぱいの愛を注ぐことができるように、心を合わせてお祈りしましょう。

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