バイブル・エッセイ(1256)愛のしるしとして生きる

愛のしるしとして生きる

「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている。」トマスが言った。「主よ、どこへ行かれるのか、わたしたちには分かりません。どうして、その道を知ることができるでしょうか。」イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。」フィリポが「主よ、わたしたちに御父をお示しください。そうすれば満足できます」と言うと、イエスは言われた。「フィリポ、こんなに長い間一緒にいるのに、わたしが分かっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのだ。なぜ、『わたしたちに御父をお示しください』と言うのか。わたしが父の内におり、父がわたしの内におられることを、信じないのか。わたしがあなたがたに言う言葉は、自分から話しているのではない。わたしの内におられる父が、その業を行っておられるのである。わたしが父の内におり、父がわたしの内におられると、わたしが言うのを信じなさい。もしそれを信じないなら、業そのものによって信じなさい。はっきり言っておく。わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからである。」(ヨハネ14:1-12)

  「わたしたちに御父をお示しください」と言うフィリポに、「わたしを見た者は、父を見たのだ」とイエスが答える場面が読まれました。イエスにおいて、父なる神の愛が完全に示された。イエスこそ、父なる神の愛の目に見えるしるしだということに、フィリポはまだ気づいていなかったのです。
 まったく自分の利益を考えずに奉仕する人を見たとき、わたしたちは、よい意味で「あの人にはまったく自分とういうものがない」という言い方をします。「わたしを見た者は、父を見たのだ」というイエスの言葉は、この言い方と響き合うような気がします。「あの人にはまったく自分というものがない」というとき、ではわたしたちはそこに何を見ているのかと言えば、その人の中に宿っている奉仕の精神や隣人愛を見ているのです。イエスが「わたしを見た者は、父を見たのだ」というとき、まさにこのことが当てはまると思います。私利私欲がひとかけらもなく、神さまの愛のために自分のすべてを捧げつくしたイエスを見るとき、わたしたちはイエスの中に神さまの愛を見るのです。
 わたしたちにも、このような意味で神さまの愛の目に見えるしるしになることが求められています。私利私欲が入れば入るほど、人々はわたしたちの行動の中にイエスを見ず、自分のことしか考えていない人間を見るようになるでしょう。教会がキリストの体として行動するときには、わたしたちの中に人々がイエスを見るくらいの透明性が必要なのです。
 たとえば、「教会に来ませんか」というとき、もしその言葉の中に、「信者を増やさなければ教会が大変なことになる」という自分中心の考え方が混じっているなら、人々は警戒して決して教会に来ないでしょう。「居場所がなく、友だちもあまりいないこの人を、ぜひ教会に迎え入れたい。なんとかしてこの人に、みんなから愛される喜びを味わってほしい」、そんな気持ちで話しかけたときにこそ、相手はわたしたちの中にイエスを見、イエスの言葉に従って教会に来るようになるのです。
 あるいはたとえば、被災地支援などの奉仕活動をするとき、その活動の中に、「わたしたちはこんなによいことをしています」というような気持ちが混じっているなら、人々はそこに傲慢な人間を見るだけでしょう。「家を失い、お腹を空かせ、寒い思いをしているこの人たちを放っておくことなどできない」という気持ちに駆り立てられて行動するときにだけ、人々はわたしたちの中にイエスを見るのです。
「あの人にはまったく自分がない。あの人の中にあるのは神の愛だけだ」と言われるようになるのが究極の理想です。もちろん、それはとても難しいことで、一生かけてもそこまではいかないかもしれませんが、どこに理想があるかを知っておくのはとても大切なことだと思います。この理想に近づくことによってこそ、わたしたちはイエスと一致し、愛に満ちた幸せな日々を生きられるからです。「わたしを見た者はイエスを見たのだ」というくらい深く、イエスと一致して生きることができますように。

youtu.be

※バイブル・エッセイが本になりました。『あなたはわたしの愛する子~心にひびく聖書の言葉』(教文館刊)、全国のキリスト教書店で発売中。どうぞお役立てください。