バイブル・エッセイ(984)愛に立ち返る

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愛に立ち返る

 ファリサイ派の人々と数人の律法学者たちが、エルサレムから来て、イエスのもとに集まった。そして、イエスの弟子たちの中に汚れた手、つまり洗わない手で食事をする者がいるのを見た。――ファリサイ派の人々をはじめユダヤ人は皆、昔の人の言い伝えを固く守って、念入りに手を洗ってからでないと食事をせず、また、市場から帰ったときには、身を清めてからでないと食事をしない。そのほか、杯、鉢、銅の器や寝台を洗うことなど、昔から受け継いで固く守っていることがたくさんある。――そこで、ファリサイ派の人々と律法学者たちが尋ねた。「なぜ、あなたの弟子たちは昔の人の言い伝えに従って歩まず、汚れた手で食事をするのですか。」イエスは言われた。「イザヤは、あなたたちのような偽善者のことを見事に預言したものだ。彼はこう書いている。『この民は口先ではわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている。人間の戒めを教えとしておしえ、むなしくわたしをあがめている。』あなたたちは神の掟を捨てて、人間の言い伝えを固く守っている。」それから、イエスは再び群衆を呼び寄せて言われた。「皆、わたしの言うことを聞いて悟りなさい。外から人の体に入るもので人を汚すことができるものは何もなく、人の中から出て来るものが、人を汚すのである。 中から、つまり人間の心から、悪い思いが出て来るからである。みだらな行い、盗み、殺意、姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別など、これらの悪はみな中から出て来て、人を汚すのである。」(マルコ7:1-8、14-15、21-23)

 律法に背いていると言って弟子を非難する人たちを、イエスは「偽善者」と呼び、「あなたたちは神の掟を捨てて、人間の言い伝えを固く守っている」とたしなめました。彼らの行動は、一見、神の御旨に従っているようだけれど、その心は神から遠く離れているというのです。律法をまじめに実践しているのに、心は神から離れているとは、いったいどういうことでしょう。

 そもそも、律法が何のために定められたか考える必要があると思います。律法の究極の目的が、神を愛すること、そして神の愛を実践することにあるのは間違いがないでしょう。エスが言う「神の掟」とは愛の掟であり、ヤコブが「御言葉を行う人になりなさい」と言うときの「御言葉」とは、神の愛に他ならないのです。このいちばん大切な目的が忘れられるとき、律法はただの形だけのルール、「人間の言い伝え」になってしまいます。神を愛するため、隣人を愛するためではなく、自分自身を人の前でよく見せるためだけの行動、いわゆる「偽善」になってしまうのです。

 これは、本当によくあることだと思います。たとえば、最近わたしたちは、どこに行っても手指の消毒をします。これは本来、自分自身を、そして自分が愛する家族や身近な人達をウイルスから守りたいという愛から生まれる行動のはずです。ですが、慣れてくると、その本来の目的は忘れられ、形だけチャッチャッとやる。見ている人から非難されないために、「あの人は意識が高い」と人から思われるためにやるということになりがちです。そのようなことだと、消毒液はしだいに片隅に追いやられ、やがて誰もまじめに実践しなくなるに違いありません。

 社会のルールにしても、神さまが定めた掟にしても、その根底にあるのは、互いを思いやる愛だとわたしは思います。形だけ残って、愛が片隅に追いやられるとき、その形は自分をよく見せるためだけの偽善となり、かえって社会を住みにくい場所にするし、教会を居心地の悪い場所にしてしまうのです。

 イエスは、手を洗うというルールを例にあげて、「外から人の体に入るもので人を汚すことができるものは何もなく、人の中から出て来るものが、人を汚す」と指摘します。どんなによく手をあらっても、そのことによって心の中に傲慢や悪意、怒りなどが生まれてくるなら、かえってその人は汚れてしまうというのです。汚れとは、神の愛を踏みにじり、自分さえよければいい、自分の思ったとおりにすべてを動かしたいと願う人間のエゴイズムのことだと考えたらよいでしょう。偽善に陥るとき、わたしたちはルールを守ることによって、かえって神さまから遠ざかってしまうのです。

 ルールを守ることによって神さまのことを思い出し、心を神への愛で満たすとき、初めてわたしたちは清らかなものとなります。ルールを守らない人を見下すなら、かえってわたしたちの心は汚れてしまうのです。偽善に陥ることがないよう、いつも原点である神さまへの愛、隣人への愛に立ち返って考えられるよう祈りましょう。

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